「今後の成長戦略」(その1)
今回のテーマは、「今後の成長戦略」です。
これから先、私たちは否応なくITと向き合ってサイバー空間を上手く利用しながら成長していくしかありません。そして世界には強敵がひしめいています。この競争を勝ち抜くためには日本の人柄や土地、気候・風土などすべての強みを最大限に活かしていかなければ勝ち目はありません。
人口密度が高く、火山が多く自然災害も多い。すでに高齢化社会に突入し、団塊の世代が全員75歳以上になる2025問題もかかえています。人口は減少しはじめていて、GDPの成長率は低く2025年ごろにはインドにも抜かれそうな状況。こんな状況でも何とかしていかなければなりません。一体それはどんなものか、今回から4回に分けて、今後日本が成長していくために、私たちにはどのような選択肢があるか、それを実現するために何が必要か、何をしなければならないのか、改善すべき点は何かなどを探っていきたいと思います。
一市民である私にとって少し大きすぎるテーマですが、一個人の意見としてお読みいただき、何かのヒントにつなげていただければ幸いです。
(1)波際(ラスト・ワンインチ)ビジネス:
ITビジネス分野として、今後も確実に成長が見込めるのが「波際ビジネス」です。本ブログ その11「サイバー空間の内容と特徴」でご説明した「サイバー空間」にあるディジタル情報は、最終的に人間と接する時には復号化(デコード)され、人間が理解できる画像や音声、モノなどにする必要があり、この「ディジタル情報」が最後に人間と接する場所(ラスト・ワンインチ)を、「サイバー空間」と「実世界」の「波際」と呼ぶことはすでに説明しました。
図1:実世界とサイバー空間
そして、この「サイバー空間」と「実世界」の接点、出入口となるのが「波際ビジネス」です。「サイバー空間」にある「ディジタル情報」は、最終的に人間と接する時にはアナログ化され、人間が理解できる画像や音声、モノなどに「変換」する必要があります。アナログ化の方法や形態はいろいろで、ここのビジネスは無くなることはありません。今までもこの「変換」(「デジタル化」または「アナログ化」)を行うビジネスはずっと行われてきました。しかし、その変換の対象や精度、品質、性能などに関しては時代とともに移り変わり、多様化し向上してきました。
商用汎用コンピューター(ホストコンピューター)の時代の波際ビジネスは、その変換の対象は数値データがメインであったので、プリンターやカードパンチャーと呼ばれるタイプライターのような機械が使われました。さらにホストコンピューターが銀行システムなどの社会インフラシステムに使われるようになると、その対象は「貨幣」や「切符」にも広がり、ATM(automatic
teller machine)や券売機、自動改札などの機械が変換するために生まれました。
パーソナル・コンピューターの時代になると、変換の対象がさらに増え、静止画像や動画や音声が加わりました。すると波際ビジネスとしてはキーボード、マウスに加え、画像スキャナー、ディジタルカメラ、液晶ディスプレイや音声スピーカー、ヘッドフォーンなどへと広がっていきました。インターネットとスマートフォンの時代になると、より実社会のモノに近い3次元的な構造や、より社会的な内容へと変換の対象は広がってきました。三次元構造を変換するものとしては、三次元プリンターやヴァーチャル・リアリティー(VR:Virtual
Reality)、拡張現実(AR:Augmented Reality)などがあります。
ITのビッグ5のような巨大IT企業も、ほとんどが波際ビジネスをメインにしています。グーグルは「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」を経営理念として成長してきましたが、ビジネスの基盤となっている検索エンジンはサイバー空間の情報にアクセスするための出入口を提供しているものです。フェイスブックは人間界のコミュニティー(友だち関係)をサイバー空間のディジタル情報へ変換するためのプラットフォームを提供しました。アップルは「スマートフォン」という現在個人がサイバー空間にアクセスするには最も便利な装置(ツール)を提供していますし、アマゾンは実世界の「小売り」「流通」という消費行動をデジタル化しています。
そして彼らは現在のこの瞬間も、これまで誰もディジタル情報へ変換していない実世界のモノ、動き、コミュニケーション、行動などをディジタル化の次の標的として模索しているのです。そして、人工知能(AI)を使うことにより、これまで変換できなかった高度な情報もディジタル化できないか考えています。そして「スマートフォン」に次ぐサイバー空間にアクセスする次世代の装置(ツール)として、アマゾン・ドット・コムとグーグルが「AIスピーカー」をすでに発売しています。日本企業では、LINEが「AIスピーカー」の販売を開始しています。人工知能(AI)はこれらの製品の優劣を決定する要因になるため、各社は人工知能開発と普及に力を入れています。グーグルは「グーグルアシスタント」、アマゾン・ドット・コムは「アレクサ」、アップルは「シリ」、マイクロソフトは「コルタナ」とそれぞれ独自にAIエンジンを開発し、縄張り争いを開始しています。これに対し、老舗のIBMも独自に開発した人工知能「ワトソン」をクラウドサービスの形で一部機能を無償で提供すると発表しました。このような中で、オンキョーは「アレクサ」を採用したAIスピーカーを開発し、ソニーやパナソニックは「グーグルアシスタント」を採用したスピーカーを開発しています。日本勢ではLINEが独自AIを開発していますが、ほとんどは米国勢の人工知能(AI)エンジンを採用しているのです。そして、この流れは家電製品にまで及んでおり、掃除機、洗濯機、空調機、テレビなど様々な家電製品でグーグルかアマゾン・ドット・コムの人工知能(AI)エンジンを搭載し始めています。これにより、これまでディジタル化されていなかった家の中での行動パターンや動きがディジタル化されることになります。そして、そのデータの恩恵はまたもやITのビッグ5の手に入る可能性が高いのです。また、付加価値の多くが人工知能(AI)エンジンだという評価になると、家電製品メーカーはグーグルかアマゾン・ドット・コムの下請け的な位置づけに甘んじることにもなりかねません。こうならないような人工知能導入に関する戦略を持ってビジネスに臨むことが重要と考えられます
図2:AIスピーカー
ビックカメラ.com ホームページより
https://www.biccamera.com/bc/i/topics/osusume_smart_speaker/index.jsp
AIを搭載した「ロボット(robot)」も新たな有力な波際ビジネスと考えられます。「AIスピーカー」も人間と会話し、人間の要求を満たすという意味で、ロボットの一種と考えることもできます。「ロボット」にもいろいろな種類がありますが、人型のロボット(ヒューマノイド)であれば、人間との関係はさらに密接になり、高度なコミュニケーションを行えるようになるため、新たなサービスを生み、大きなビジネスになる可能性があります。また、介護ロボットも日本のような高齢化社会には欠かせないものであり、期待が大きい分野です。
このように波際ビジネスは当たれば大きなビジネスになる可能性があります。特にその波際ビジネスがユーザー数を増やし、世界的なプラットフォームになれば、ネットワーク効果(ある人がネットワークに加入することで、他の加入者の効用も増加させる効果)により一人勝ちの状態になることも夢ではありません。
また、ITのビッグ5ですらサイバー空間の情報にアクセスするための新たな出入口を模索している状況であり、日本企業にもチャンスはまだあります。サイバー空間と実世界の接点をよく観察し、新たな出入口を見つけるのです。もしもそれが見つかったら、自社がその「接点」の技術を持っているか、持っていれば世界市場における位置づけを見極め、行けると判断した場合にはM&Aなども含めて世界を制する体制を大急ぎで作ることです。この大胆な投資こそが初期ユーザー数を獲得し、ネットワーク効果を生む原動力となります。
波際ビジネスを成功させるには、情報を実世界やサイバー空間のデータに変換する技術・装置・システムと、これを役に立つように利用・加工する技術・装置・システム、それからこれを普及させ収益を生むビジネスモデルが必要です。日本企業はこれまでデータを変換するセンサーや液晶ディスプレイなどの装置(デバイス)を開発するのは得意でしたが、その他の面で先を越されることがありました。装置の場合、一発当ててもそれで終わってしまうことが多いのです。ビジネスを長続きさせるビジネスモデルも同時に検討することが必要です。装置を売った後も、売り切りで終わるのではなく、継続してその装置を使ったサービスなどでビジネスを継続する「リカーリングモデル」などがそれです。
アップルは「スマートフォン」に収益の多くを依存し、拡販してきましたが、その「スマートフォン」はすでに全世界に普及し、「スマートフォン」で提供されるサイバー空間との接点としての機能も飽和し、最新機種の「iPhone」の販売も低迷しています。「スマートフォン」はこれまでになかったいろいろな実世界のモノ、動き、コミュニケーション、行動などをディジタル化できるようにしましたが、すでに驚くような新しいサービスは生まれにくくなっています。次世代のデバイスとして、時計型の「ウェアラブル端末」なども発売しましたが、爆発的なヒットにはなっていません。「iPhone7」とともに発売された「AirPods」というイヤホン型のデバイス(「ヒアラブルデバイス」)がありますが、これの利点は他のウェアラブルデバイスよりも装着時の負担が軽いということであり、イヤホン型は音声で制御するため、手や目の負担がないという利点があり利用されやすいですが、現在のスマートフォンの代替策になるところには至っていません。
フェイスブックもSNSに代わる新たな出入口を模索しています。現在、力を入れているのが、ヴァーチャル・リアリティー(VR:Virtual Reality)であり、VRにより人間社会全体をディジタル化しようとしています。これを「メタバース」と呼び、カンファレンスイベント「Facebook
Connect 2021」においてフェイスブックが社名「Meta(メタ)」を変更したことがザッカーバーグ氏により発表されました。社名を替えるほどのかなりの力の入れようだと分かります。彼がこれだけ力を入れるのも理解できます。現在のSNSは人間社会の中の人と人のつながり、コミュニケーションの部分だけをデジタル化しているのに対し、「メタバース」は人間社会全体をデジタル化しようとしており、はるかにもたらされる利益は大きいのです。現在フェイスブックはほとんどをその広告収入で得ていますが、その広告はコミュニケーション部分にのみ提供されています。ところが、人間社会全体となれば土地があり、そこに道路や鉄道が敷かれ、いろいろなビルが立ち並び様々な人間活動が繰り広げられます。その土地を所有していれば、一等地には高額な価値が生まれるでしょうし、目抜き通りのビルには広告が出され、その広告料も場所によっては高額なものになるでしょう。今は限定的な広告収入が何倍にも広げりを持つことになるのです。このように人間社会に存在する様々な利権がサイバー空間に生まれるのです。現時点ではこの構想には懐疑的な意見が多いのですが、将来、世界中の多くの人々がこれを指示するかもしれません。何億、何十億もの人がこのユーザーになった時、以上のことが現実となるのです。
これに使う装置はゴーグル型なので、装着時の負担は大きいのが現状の欠点だと思われます。マイクロソフトも「ホロレンズ(HoloLens)」と呼ばれるゴーグル型の装置を使った拡張現実(AR:Augmented
Reality)システムを開発し提供しています。
図3:Facebook Connect 2021に登壇したマーク・ザッカーバーグ氏
東洋経済オンラインより
https://toyokeizai.net/articles/-/466305
以上、「今後の成長戦略」として、一番基本となる「波際(ラスト・ワンインチ)ビジネス」についてご説明しました。現在のビッグ5のほとんどが、このビジネスで強力なプラットフォームを築き上げ、莫大な利益を上げるようになりました。サイバー空間」と「実世界」の接点、出入口となるのが「波際ビジネス」であり、ここに大きなビジネスチャンスがあるのです。
まだ、「スマートフォン」に代わる次世代の「波際ビジネス」の主流が「AIスピーカー」になるのか「AIロボット」になるのか、はたまた「Meta(メタ)」になるのか、その他デバイスになるのか不明ですが、不明な今こそ「まだチャンスはそこにある」と言えるのです。もうこれ以上、ビッグ5の独走を許してはならないのです。