「今後の成長戦略」(その2)
今回のテーマは、前回に引き続き「今後の成長戦略」です。
これから先、私たちは否応なくITと向き合ってサイバー空間を上手く利用しながら成長していくしかありません。そして世界には強敵がひしめいています。この競争を勝ち抜くためには日本の人柄や土地、気候・風土などすべての強みを最大限に活かしていかなければ勝ち目はありません。
人口密度が高く、火山が多く自然災害も多い。すでに高齢化社会に突入し、団塊の世代が全員75歳以上になる2025問題もかかえています。人口は減少しはじめていて、GDPの成長率は低く2025年ごろにはインドにも抜かれそうな状況。こんな状況でも何とかしていかなければなりません。一体それはどんなものか、今後日本が成長していくために、私たちにはどのような選択肢があるか、それを実現するために何が必要か、何をしなければならないのか、改善すべき点は何かなどを探っていきたいと思います。
前回(その26)では、ITビジネス分野において今後も確実に成長が見込める、最も有望なビジネスとして「波際(ラスト・ワンインチ)ビジネス」についてご説明しました。今回は、日本の課題や強みを活かした、いろいろな成長戦略について考えたいと思います。
(2)日本の特徴を活かした成長戦略:
日本は高齢化の2025問題を抱えるなど、課題先進国です。しかし「災い転じて福となす」ということわざがあるように、災いもうまく利用すれば幸福をもたらすこともあります。ここでは、何とかうまく災いを利用する方法を考えたいと思います。
日本ではこれから65歳以上の高齢者人口が増え続け、逆に20歳から64歳までの生産人口は減っていきます(図1)。そのため、人手不足と高齢者を支える社会的コストが問題となってきます。現在、宅配業務や外食産業、コンビニなどの小売業、介護・医療など、人手不足が深刻な業界が多くなっています。いずれも人との接点を取り持つ業界です。しかし、これらの人手不足の対策には、人工知能(AI)やロボットはうってつけです。しかも日本には、全国に広がる道路網やコンビニエンスストアの販売網などのインフラが充実しており、サービスを展開する条件としては恵まれています。また、国土が広すぎないこともサービスを隅々まで広げるためにはメリットになると考えられます。これらの非製造業の労働生産性は、日本は他の先進国に比べ低く、これを上げることは、国としても推進する必要があると思われます。
図1:我が国人口構成の推移
総務省 ホームページより
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/html/nc111110.html
人手不足の問題をかかえる業界では、先進的な取り組みをはじめている企業も出てきています。宅配業務大手のヤマトホールディングスは、自動運転やロボット、人工知能(AI)を活用して集配業務効率を上げ、人手不足解消を狙っています(図2)。まず、自動運転トラックを開発し、高速道路で先頭車だけを有人走行させ、そのトラックに無人自動運転車を追走させる計画です。日本の一般道路は、狭くまた路地などが多く、無人の完全自動運転を実現するにはまだ時間がかかると思われます。しかし、無人運転を高速道路に限れば、実用化の時期はぐっと近くなると思われます。配送業務も大都市などの配送拠点間を結ぶものと、配送拠点から各家庭までを結ぶものがありますが、前者においてはほとんど高速道路が開通している状況です。配送拠点を高速道路の近くに建設しておけば、恐らくこの方法での無人運転実用化にはほとんど問題はないと思われます。拠点間輸送の無人化ができれば、その効率向上は大きなものとなると考えられます。いっそのこと、自動運転専用の高速道路を作ってしまってはどうでしょうか。日本であれば、せいぜい東京から福岡と札幌を結ぶ自動運転専用道路を作れば、物流は飛躍的に省力化が進むはずです。そして、その専用道路の範囲内であれば無人の完全自動運転車も認めることにより、より省人化の効率向上は大きなものにできるはずです。リニア新幹線を通すよりは、この方が建設コストは低くてすむのではないでしょうか。国土が狭い日本ならではの戦略だと思いますが、いかがでしょうか。
また、日本の宅配便は、時間指定ができるのが大きな利用者側のメリットになっています。このサービスを維持するのは大変ですが、日本の「おもてなし」とも言えるこういったサービスはぜひ残してもらいたいものです。このようなきめ細かいサービスの効率向上にもITや人工知能は活躍します。この時間指定サービスでは再配達が多くなってしまうという問題があります。利用者側の予定が変わり、受取指定日に不在になってしまったケースなどです。これに対し、例えば、宅配便端末や宅配便アプリを提供し、在宅か否かをリアルタイムで宅配便業者に伝えるシステムを構築すれば、この問題はかなり解決するだろうと思われます。自分が配達しなければならない荷物の配達先の在宅状況がリアルタイムで把握することができれば、人工知能(AI)を使って最適な配送ルートをリアルタイムで判断することもでき、効率的に配達することが可能となります。当然このサービスを実現するには、プライバシーやセキュリティーの問題に対して十分配慮する必要があります。国も2030年までには物流の完全無人化を達成するマイルストーンを掲げ、実用化に向けた規制緩和などを進めていく方針です。
図2:ヤマトの「無人宅配」実験
アイティメディア株式会社 ITmedia NEWS より
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1804/13/news080.html
介護・医療分野も今後人工知能(AI)やロボットが活躍することが期待される業界です。日本は国民皆保険であり、医療データの膨大な蓄積があります。人工知能(AI)はデータが多ければ多いほど正確な判断ができるようになります。また介護の現場は体力的にも負荷の大きな現場ですが、AIロボットの導入により、その負担を軽減することができる可能性があります。国のロードマップでも2030年までには「汎用ロボットが家族の一員として日常生活の様々な場面で活用されて、介護等への不安が解消され、安心して暮らせる」としているのです。
もう一つ、課題大国としてのテーマとして挙げるなら、「原子力発電所廃炉作業」を挙げたいと思います(図3)。東日本大震災で壊れた福島第一発電所の廃炉作業は、放射能との闘いで困難を極めています。日本にある作業現場としては最も過酷な現場と言えるでしょう。そんな人間にとって過酷な環境でも、AIロボットなら立ち向かって行けるのです。ロボットは、こうした環境で利用されるのが、最も我々にとって大きなメリットをもたらすと思われます。何とか高度な人工知能(AI)と優れたロボティクスを開発し、がれきの中を粛々と進み、燃料デブリや使用済み核燃料などの核のゴミを始末できないものでしょうか。この貴重なノウハウ・技術を得ることができれば、日本の核処理技術は世界に誇れるものになると思われます。
図3:福島第一原子力発電所3号機の状況
東京電力ホールディングス ホームページより
https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/about/
(3)日本の得意分野を伸ばす成長戦略:
次の戦略は「得意分野を伸ばす」という戦略です。日本が世界シェアでトップの製品品目を挙げると、炭素繊維、COMセンサー、リチウムイオン電池、リチウムイオン電池用セパレーター、中小型液晶パネル、タイヤ、マイコン、産業用ロボット、ディジタルカメラなどがあります。素材やセンサーなどの部品(デバイス、コンポーネント)に強みを持っていま。「スマートフォン」や「テレビ」で採用が相次いでいる「有機ELパネル」については日本企業はトップ争いができていませんが、「有機ELパネル」に使う素材や製造装置に関しては強みを持っており、トップ争いをしています。技術的には、要素技術(ハードウェア技術)、小型化・精密化技術、耐環境(タフネス)技術、高信頼・長寿命化技術、さらに最近は一部の企業で劣化が見られますが、伝統的には高品質な製品を作りだす生産技術や品質管理技術に強みを持っています。全般的にハードウェアに対する技術であり、「第二の波」の技術と言っていいと思います。これらの素材や部品は、最終製品としては世界の完成機メーカーやアップルなどの「プラットフォーマー」に購入され、製品化されています(図4)。これらの企業とうまくエコシステムを築いていくことと、常に次に求められる素材、部品を開発し続けることが生き残るために必要です。しかし、前述したように、部品(デバイス、コンポーネント)の場合、一発当ててもそれで終わってしまうことが多く、ビジネス安定しない傾向があります。液晶ディスプレイなどは、完成機メーカーの在庫状況や市場動向、技術動向に影響を受け、好不調の波が大きく、巨額の投資が裏目に出ることが多くありました。これを防ぐためには、自社の製品範囲を素材・部品レベルから最終製品・最終システムへと広げていく努力が必要です。素材・部品がハードウェアであるなら、それにソフトウェアを組み合わせたより上位のプラットフォームのビジネスを検討することです。ソフトウェアの候補としては、人工知能(AI)が有力です。無機質なハードウェアではなく、知能を持ったインテリジェントなハードウェアモジュールにして売り出す方法が考えられます。例えば、動くものを自律的に追いかける画像センサーなどはどうでしょうか。そして、このようなハードウェアモジュール(システム)が出来たら、次はその利用方法やそれを使ったサービスなどを考えていきます。これらを実現するのはほとんどソフトウェアです。Webアプリケーションなどを開発し、利用者に提供する方法が一般的です。これらが普及すれば、デバイスは変わっても、サービスは生き続け、次世代のデバイスを使ったサービスへとつないでくれる持続性が得られます。ビジネスが一過性のものでなくなるのです。
図4:情報サービス分野における各市場の規模(世界)と我が国のシェアの推移
総務省 令和3年版 情報白書より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd105120.html
素材・部品などの得意分野の他にも、日本企業には小型化・精密化技術、耐環境(タフネス)技術、高信頼・長寿命化技術、生産技術や品質管理技術などの得意技術があります。とにかく美しく高品質のものを少量生産するのは得意です。生産者の内匠の技も活かせます。これは、誰でも持っている大量生産品ではなく、自分オリジナルの自分専用のモノを持つという最近の消費者ニーズに合っています。日本の乗用車は昔からいろいろ豊富できめ細やかなオプションを選択でき、自分オリジナルのクルマをカスタマイズできました。そんな豊富なバリエーションでも自動車生産工場の生産ラインは器用に、しかも効率的にカスタマイズされた乗用車を作ることができるのです。このオプションをさらに細分化し、個人個人のオーダーメイドを可能にした少量多品種の製品を生産することが「マスカスタマイゼーション(mass
customization)」と呼ばれるものです。これを実現するためには、IoTを駆使した受注(オーダー)から製造、出荷まで行うシステムを構築することが必要となります。
また、日本企業はモノを小さくすることが得意であり、しかも長寿命化や耐環境性を強化する技術なども得意です。これらの技術はIoTやロボットを開発していく上では欠かせない技術なのです。これらの技術は「ソフト屋」には決して作れません。ITのビッグ5も喉から手が出るほど欲しい技術なのです。こういった競争力のある得意な技術を伸ばし、磨き続けることがとても重要です。これらをM&Aなどで、安く売ってはならないのです。
(4)何かのきっかけを利用する成長戦略:
次の戦略は「何かのきっかけを利用する」という戦略です。大きな出来事や技術の節目などを利用して一気にビジネスを広げる方法です。当面のきっかけとしては、第5世代無線移動通信(5G)のサービスが開始されたことが挙げられます。通信速度は10Gbps(ギガビット/秒:ギガは10の9乗)と高速で、大容量の通信が可能となり、IoT時代の通信の本命と言われています。これまでも、無線移動通信の世代交代のタイミングでは、提供されるサービス内容が進化したり、利用形態が変わるなどして、新たなビジネスチャンスが生まれました。動画配信サービスが一般的になったのは、第4世代無線移動通信(4G)が普及したことが大きな要因です。今回は、IoTの他にも自動運転、さらにはメタバースなどへの活用も見込まれ、従来よりもさらに大きなビジネスチャンスが生まれると期待されています。すでに有力企業は5Gへの対応を加速しはじめています。自動車メーカーはIT企業と連携して、人工知能(AI)と自動運転、音声操作、5G通信技術などを駆使したコネクテッドカーを開発中です。
他にもきっかけはあります。今回はコロナウィルスのために盛り上がらなかったオリンピックですが、世界から注目を集める大イベントであることには変わりありません。この大イベントをきっかけにして、新たなサービスやコンテンツが生み出されるチャンスではないでしょうか。今後のオリンピックでは、人工知能(AI)を使ったロボットや自動運転を使った先進的な移動手段が、海外からのオリンピック観戦客を迎えることになるでしょう。安全を確保するため、セキュリティーシステムも重要です。このような大イベントのきっかけを利用しない手はないと思います。
国がきっかけを作る手もあります。日本人は一度ベクトルが合うと、持ち前の結束力を発揮し、普段以上の力を発揮する国民だと思います。その掛け声(スローガン)を発するのは、やはり政治の役割ではないでしょうか。民間企業がいくら国民をあおっても限界があります。スローガンとしての例では「クールビズ」が挙げられます。地球温暖化を防止するための取り組みとして政府が呼びかけました。時の大臣が「クールビズ」ファッションを着用してパフォーマンスをするなど普及に努めた結果、今ではかなり国民に浸透した成功例です。スローガンで重要なことは、シンプル(簡潔)かつ具体的で分かりやすく、適切なインセンティブを与えることなどが重要です。「クールジャパン」のように、具体的に何をしたらよいかわからないものは効果が薄くなってしまいます。国民が簡単に具体的な行動に移せるものがよいのです。また、インセンティブは何とかポイントのような貨幣価値があるものでなくても、国に貢献するとか、社会環境(地球温暖化、エコなど)に貢献するなどでも動機づけをすることができます。
(5)次世代の技術へ計画的に投資する成長戦略:
次の戦略は「次世代の技術へ計画的に投資する」という昔からあるとても基本的な戦略です。企業が独自に開発投資したり、民間や政府ファンドを使って開発したり、国が後押しして、国のプロジェクト体制を作って開発するなどいろいろな方法がありますが、現在の日本の投資額は世界的に見劣りします。現在の投資テーマとしては、IT関係では人工知能(AI)が中心的な存在であり、米中を中心に膨大な開発投資が行われています。人工知能(AI)を高速に処理するAI用のスーパーコンピューターや超並列処理を行える量子コンピューター、AI用のCPUチップ、人工知能(AI)の新しいロジック(アルゴリズム)、利用技術などの開発でしのぎを削っています。民間ファンドでは、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が10兆円規模の投資ファンドを立ち上げ、人工知能(AI)、ロボット、IoTやライドシェアなどを中心に積極的な投資を行っています(図5)。企業レベルでも開発投資は欠かせませんが、人工知能(AI)、ロボットに関する開発はまだルールが整備されていないとか、不確実な要素が多すぎて開発投資に踏み切れないなどの心理が働きやすい状況にあります。これらの不安要素を少しでも和らげるためには、国によるガイドラインの整備や規制緩和などが必要になってきます。その上で、企業のトップは勇気をもってチャレンジしなければなりません。今、経営者のリーダーシップが問われる時代になっています。そういう意味で、最近ではオーナー企業の方が、トップがリーダーシップを発揮しやすく、元気がよいという意見もあるほどです。また、開発は海外を目指したものでなければならなりません。開発組織には海外の人材も招き入れ、多様な意見を反映しながら進めることも重要な要素です。
図5:ソフトバンク・ビジョン・ファンド
ソフトバンク株式会社 ホームページより
https://www.softbank.jp/biz/future_stride/entry/technology/20190826/
以上、「今後の成長戦略」として、日本の課題や強みを活かした、いろいろな成長戦略についてご説明しました。自分の強みや弱みをよく理解したうえで今後の成長戦略を練るのは、近代マーケティング手法の王道でもあります。そのためには現状を良く、正確に認識する必要があります。自分の弱みなどは薄々気が付いていてもなかなか認めたくない、という気持ちになってしまいがちです。そこで都合のよい情報を持ってきて弱みをごまかしてしまうことがあります。これでは、いつまでたっても成長は見込めません。現在の日本は、まだ過去の栄光にしがみついているように思います。一度真摯に自分の弱みに向かい合う必要があるように思います。