その11:サイバー空間の内容と特徴

サイバー空間の内容と特徴

 今回のテーマは「サイバー空間(サイバースペース)について」です。サイバー空間はIT(情報技術)の発展によって近年新しく生まれた情報空間(データ空間)です。100年以上前には存在しませんでした。本ブログ「その7「広義の情報技術」と「狭義の情報技術」」で説明した、クロード・シャノンによって「ディジタル情報」が生み出されたことにより、存在することになりました。生まれた当初は、それほど注目されていなかったサイバー空間ですが、そこに存在するディジタル情報の量が増え、それに伴い価値も上昇することにより、現在では巨大なビジネスを生む宝の山になっています。今やどんな業種の企業でも、サイバー空間を無視してはビジネスをやっていけない状況になっています。サイバー空間を理解することにより、自分の事業の方向性、ビジネスチャンスなどを知ることができるのです。そこで、今回はサイバー空間とはどんなものか、またどんな特徴をもっているかについて、ご説明したいと思います。

「サイバー空間(サイバースペース)」とは:

 サイバー空間(サイバースペース)とは、コンピューターネットワーク上に広がり、多くの人がそこに記憶・保存された「ディジタル情報」を利用でき、人々が影響し合う場所です。それはネットワーク上やコンピューターの中につくられた仮想空間です【図1】。


図1:実世界とサイバー空間

 サイバー空間はコンピューターネットワークが出現する前はあまり注目されませんでした。コンピューターとコンピューターがネットワークでつながり、「ディジタル情報」を広域で多数が共有できるようになって存在感を増してきました。
 サイバー空間を構成している物理的な資源は、コンピューターネットワークにつながれた「ディジタル情報」を処理するための無数の「サーバー」、「ディジタル情報」を記憶・保存するための「HDD(hard disc drive)」などを多数搭載した「ストレージサーバー」、それらをつなぐ「インターネット」、「携帯電話通信網」、「近距離通信(Bluetooth、電子ダグ、無線LANなど)」などのネットワーク装置などです。これに加えて情報資源として、ソフトウェア(OS,アプリケーションソフトウェア(SNS、ブラウザー、AIなど))と大量の「ディジタル情報」が記憶・保存されています。
 このサイバー空間に記憶・保存された「ディジタル情報」の多くは、私たちが生活・生存している実世界のさまざまな「情報」をマッピング(写像)したものです。マッピングには、一度サイバー空間へマッピングしても完全に元の実世界の情報に戻せる「可逆型」のマッピングもあれば、マッピングした後は、完全には元の実世界の情報には戻せない「非可逆型」のマッピングもあります。サイバー空間にマッピングされた実世界の情報の多くは、サイバー空間で何らかの処理をされた後、また元の実世界へ戻されます。
 実世界のさまざま「情報」をサイバー空間へマッピングする際には、何等かのIT技術を使用します。そしてそこが実世界とサイバー空間の境界になっています。このマッピングする際のIT技術(「マッピング技術」)にはいろいろな種類があり、IT技術の発展に伴い、その種類は増え、高度化しています。「マッピング技術」が高度化するとは、今まで以上に正確に実世界の「情報」がマッピングできるようになったり、これまでマッピングできなかった「情報」がマッピングできるようになる、ということです。そのため、サイバー空間に存在するディジタル情報の量は、加速度的に増えているのです。今ではこれを「ディジタルツイン」と呼び、まるで双子のように実世界とサイバー空間は同等レベルの情報を持つようになりました。双子と言ってももともと存在していたのは実世界でありお兄さん的存在であり、サイバー空間は最近生まれた弟分です。

 それでは、サイバー空間へのマッピングの理解をもう少し深めるために、いくつかマッピングの例を挙げてみましょう。

① 貨幣【図2】:
 貨幣はコンピューターが開発されてから比較的早い時期からサイバー空間にマッピングされ、利用されてきました。「マッピング技術」としては、ATM(automatic teller machine)などが使われています。例えば1万円札はATMを通した瞬間にディジタル化され、1万円という数値情報になり、さらにディジタル情報へ変換されサイバー空間へ移され、保存されます。預金通帳には1万円が入金されたことがプリントされ、私たちは1万円を持っている、と思っています。そしてATMのある所へ行って出金すれば、1万円札がディジタル情報ではなく、元の紙幣の形で戻ってきます。このケースは、実世界の情報(1万円札)は完全に元の実世界の情報に戻せる「可逆型」になります。貨幣はもともとディジタル(離散的)な情報であるため、可逆にすることは簡単です。貨幣は厳密に可逆型でないと使いものになりません。1円でも間違っていれば大問題になってしまいます。


図2:サイバー空間へのマッピング例(貨幣)

② 音楽(音声):
 音声を記録することは、1877年に発明王トーマス・エジソンによる円筒式の「アナログレコード」により行えるようになりました。その後、メディアは「カセットテープ」などで持ち運びに便利になりました。しかし、録音の方式がアナログ方式であり、音声情報はメディアに物理的に書き込まれ、コピーは不便であったため音声情報はそのメディアに記録したまま持ち運ぶしかなく、音楽を別の場所で楽しむには何本も「カセットテープ」などのメディアを持ち運ぶ必要がありました。しかし「ICレコーダー(ディジタルレコーダー)」といった、音声情報をディジタルデータにマッピングできる技術が登場したことにより、音声情報はサイバー空間に保存され、活用されるようになりました。サイバー空間に保存することができるようになったため、従来のアナログ方式の時代のように、メディアを持ち運ぶ必要はなくなり、いつでも、どこでも好きな音楽が楽しめるようになったのです。

③ 物の存在(静止画・動画):
 物の存在を静止画として記録することは、ITが生まれるずっと前の1826年に写真が発明されてから行われてきました。人類はそれまで「絵」でしか物の存在を記録することができませんでしたが、それを遥かに短時間でしかも正確で緻密に記録できるようになりました。しかし「ディジタルカメラ」という静止画をサイバー空間へのマッピングする技術ができたことにより、それまで主流であったフィルムによる記録は縮小し、多くの静止画情報もディジタル情報にマッピングされ、サイバー空間に保存され、活用されるようになりました。さらに動画に関しても「ディジタルビデオ」というマッピング技術ができたことにより、サイバー空間に保存され、活用されるようになりました。これらのマッピング技術は「スマートフォン」にも標準機能として採用されるようになり、今やすべての「スマートフォン」ユーザーが膨大な量の静止画や動画をサイバー空間に移動し、保存し、活用しています。静止画や動画はそのマッピングの方法により「可逆型」であったり「非可逆型」であったりします。これらの情報は、利用の用途によって「可逆型」である必要があったり、「非可逆型」でも問題なかったりします。視覚的に再現するだけでよいなら「非可逆型」で問題はなく、現在採用されている方法も「非可逆型」が主流となっています。

④ 物や人の位置情報:
 物や人の位置情報は、これまであまり人間社会で使われきませんでした。理由はその位置情報を把握するのが難しかったためであり、ニーズが無かったわけではありません。位置情報を把握するのに手間がかかるため、よほど重要な物や人の位置情報しかリアルタムに把握されることはなかったのです。高価な資産(あまり動かない資産)が今どこにあるかなどは逐次人間が確認し、記録を付けるなどして管理していました。また、航空機などの位置は、高性能レーダーにより位置を把握し、管理していました。しかし、それはGPS(global positioning system)というマッピング技術ができたことにより、大きく変わりました。GPSを使えば、低コストでリアルタイムに正確な位置情報をサイバー空間へマッピングできるようになったのです。「スマートフォン」には標準機能としてGPSが採用されており、「スマートフォン」を持つ多くの普通の人間の位置情報もサイバー空間にマッピングし、保存できるようになりました。

⑤ 人の行動:
 人が何に興味を持ち、何を購入したか。いつ、どこにいっって何をしたかなどの行動も、Webの「ポータルサイト」や「検索サービス」、「購入サービス(EC(electronic commerce))」、「価格比較サービス」、「ルート検索サービス」などの多様なITサービスにより、どんどんサイバー空間にマッピングされ、保存・活用されるようになりました。また、最近のAI技術を活用すれば、静止画や動画から、「何が」写っているかを認識することも可能になってきました。個人情報である、個人の顔の写真を入手することができれば、その写真に写っている顔に近い画像が写っている静止画や動画を探し出すことができます。すると「誰が」どこで何をしていたかがサイバー空間上で判ってしまうことになってしまいます。使い方を誤ると、恐ろしい監視社会になっていってしまう危険性があります。

⑥ 人のつながり、意見、主張、人格【図3】:
 従来は、人の意見、主張などは、基本的にはフェイス トゥー フェイス(face to face)で交わすものであり、メディアを通した議論でも、新聞やテレビといった信頼のおけるマスメディアが主流でした。それが人と人のコミュニケーションの形でした。しかし、ツイッターやフェイスブックなどの「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS:social networking service)」が登場すると、一気にこの新しいコミュニケーション方法が広がっていき、時には匿名で、時には実名でいろいろな人のつながり、意見、主張、時にはその発言内容からその人の人格までもがサイバー空間にマッピングされ、保存されるようになりました。従来の人と人のコミュニケーションに比べ、圧倒的にその情報拡散能力が高いため、実世界の意見形成にも影響を大きく与えるようになってきています。


図3:サイバー空間へのマッピング例(人のつながり)

 以上の例でわかるように、最近では実世界のさまざまな「情報」をマッピングできるようになってきており、この傾向は今後のIT技術の発展により、さらに増えていくと思われます。現在、IoT(Internet of Things)と呼ばれる「すべてのモノをインターネットでつなぎ、有効活用していく」というITの潮流があり、これがこの流れを加速しています。そして、そのうち実世界のあらゆる情報がサイバー空間にマッピングされ、保存・活用されるようになると思われます。


サイバー空間(サイバースペース)の特徴:

さて、次にサイバー空間の特徴はどんなものかについてご説明したいと思います。

① 実世界との関係【図1】:
 サイバー空間は「ディジタル情報」の世界であり、実世界は物理世界です。サイバー空間(サイバースペース)のディジタル情報は基本的には元の実世界(物理世界)へ戻されます。それはディジタル情報は私たち人間にフィードバックされてこそ、はじめて役に立つからです。また、人間はディジタル情報を直接理解することはできません。したがって実世界へ戻す際に、境界となるIT技術によって人間の理解できるアナログ情報へ変換されるのです。音楽などのディジタル音声情報は、空気の振動に変換され、人間に認識されます。静止画や動画などのディジタル画像情報は、可視光線に変換され、人間の視覚を通して認識されます。情報ではなく、物理的な物や現象に変換されるものもあります。前に説明した貨幣は「1万円札」などの実世界で通用する貨幣に変換されて戻されます。ネットで購入したものは、倉庫から出庫されて宅配便で購入者のところへ物として届けられます。このようにサイバー空間は最終的には実世界とつながっているのです。別々ではなく、密接な関係にあります。

② 実世界との違い:
 実世界は、「物質」、「エネルギー」および「情報」で構成されているのに対し、サイバー空間はほとんど「情報」で成り立っています。しかもその「情報」はすべて「ディジタル情報」であり、「二値数」に表現(数値化)されたデータ(バイナリデータ)であるため、“0”か“1”だけの世界です【図1】。サイバー空間は物理的なものとの結びつきがなく、重力もありません。実世界では、あらゆる物質は重力の影響や制約を受けますが、それが無いのです。今のところ生物も生存していません。物理的な距離もなく、世界中のデータに高速にアクセスすることができます。実世界では、長距離を移動し、時間をかけなければ得られないような世界の裏側の地域の情報が瞬時に得られます。そこには国境のような物理的な境界線はなく、自由に移動できる空間なのです。

③ サイバー空間のディジタル情報の統制:
 サイバー空間に展開されている「ディジタル情報」に関して、まだ明確な運用上のルールがあまりありません。さまざまな国の様々な人々、企業が入り乱れてこの空間になだれ込んでおり、統制の取りようがないのです。資金力の乏しい国にとっては、場合によって格好のテロ空間であったり、不正な資金調達などの犯罪の温床にもなり得ます。
 サイバー空間は現在もどんどん膨張を続けています。IDC(International Data Corporation)は、2020年の世界の全ディジタルデータ量は40ZB(ゼタバイト:ゼタは10の21乗)に到達すると予測しています。しかもサイバー空間の中を情報が拡散する速度が速いので、一度サイバー空間に広がった情報は元に戻したり、完全に消去することは難しいのです。したがって本来はサイバー空間に実世界の「情報」をマッピングする場合には、それなりに慎重さが必要です。しかし、実世界の「情報」をサイバー空間にマッピングするマッピング技術の進化により、従来は「情報」をマッピングしようと思えば、コンピューターやパーソナル・コンピューターを人間が意識的に使う必要がありましたが、現在は、無意識のままに防犯カメラやGPSで実世界の「情報」がサイバー空間にマッピングされるようになっています。無意識のままに実世界の「情報」がサイバー空間にさらされる危険性があるのです。さらに最近では人の行動や趣味、嗜好などのプライベートな情報までマッピングできるようになっています。そうなると、個人情報やプライバシーまで無意識のうちにサイバー空間にさらされる危険性が高くなってきます。そのため、現在個人情報保護やプライバシー保護の観点から国際的なルール作りが模索されています。また、現在ではグーグル、アマゾン、フェイスブックなど一部の巨大IT企業にこれらの「ディジタル情報」が集中する事態が発生しており、企業競争の公平性を維持するための議論もされています。

 以上、サイバー空間についてその内容や特徴についてご説明してきました。サイバー空間のディジタル情報は今もどんどん増え続けています。なぜ、これほどにいろいろな情報をサイバー空間にマッピングし、ディジタル情報化するかと言えば、本ブログ「その8 ディジタル化のメリット」でご説明したように、ディジタル情報にはアナログ情報にはないメリットが多くあるからです。さらにその情報の量が増えれば増えるほどメリットは大きくなります。そしてそこには大きなビジネスチャンスが埋もれているのです。


2020年08月27日