その28:「今後の成長戦略」(その3)

「今後の成長戦略」(その3)

 第28回目のブログを掲載しました。今回のテーマも前回に引き続き「今後の成長戦略」です。
 これから先、私たちは否応なくITと向き合ってサイバー空間を上手く利用しながら成長していくしかありません。そして世界には強敵がひしめいています。この競争を勝ち抜くためには日本の人柄や土地、気候・風土などすべての強みを最大限に活かしていかなければ勝ち目はありません。
 人口密度が高く、火山が多く自然災害も多い。すでに高齢化社会に突入し、団塊の世代が全員75歳以上になる2025問題もかかえています。人口は減少しはじめていて、GDPの成長率は低く2025年ごろにはインドにも抜かれそうな状況。こんな状況でも何とかしていかなければなりません。一体それはどんなものか、今後日本が成長していくために、私たちにはどのような選択肢があるか、それを実現するために何が必要か、何をしなければならないのか、改善すべき点は何かなどを探っていきたいと思います。
 前々回(その26)と前回(その27)で、ITビジネス分野において今後も確実に成長が見込める、最も有望なビジネスとして「波際(ラスト・ワンインチ)ビジネス」や、日本の課題や強みを活かしたいろいろな成長戦略などについてについてご説明しました。今回は、今後日本でも成長が見込まれる、より具体的な分野について考えたいと思います。ひとつはいろいろなモノを所有するのではなく、メンバー間で共有する「シェアリングエコノミー」であり、もうひとつは「サイバー空間」に蓄積された膨大な「デジタルデータの活用」です。

(3)「シェアリングエコノミー」の活用:
 ITによる「ディジタル化」の波はトフラーが語る「第三の波」の原動力となって、この300年あまりで築いてきた「第二の波」の経済システムである「大量生産」「市場主義」「資本主義」を揺さぶっていることは本ブログ第17回ですでにご説明しました。そして「第三の波」の経済として今後拡大していくと見られているのが「シェアリングエコノミー」であることもご紹介しました。(アルビン・トフラ-のベストセラーである「第三の波」については、本ブログ第16回で少し紹介していますので、そちらもご参照ください。)ここではその「シェアリングエコノミー【図1】」をどのように活用していけばよいかについて、ご説明していきたいと思います。
 現在、「第二の波」と「第三の波」は激しくぶつかりあっています。この大きな波がぶつかりあっている今だからからこそ、そこに打って出ることが大切なのです。波のぶつかり合いが収まり、平穏な海になった段階では、すでにビジネスの決着はついてしまっています。ぶつかり合っている時は、波に飲まれて沈没するリスクもありますが、乗り越えればその後の海を制することができる可能性もあるのです。しかも、日本という国が「シェアリングエコノミー」を推進するのには良い条件がそろった国であると私は思っています。「シェアリングエコノミー」が成り立つ前提条件にあるのは、貸し手と借り手の間の「信頼関係」です。これをなくして「シェアリングエコノミー」の発展は見込めません。日本の状況はどうでしょうか。周りを海に囲まれた単一民族国家であり、言語もほとんど統一されており、日本人同士のコミュニケーションがとてもとりやすい環境です。教育レベルも義務教育のお陰で国民全体のレベルとしては高く、方針・法などに対する国民の理解力が高く、法令順守の意識(モラル)も高い状況です。一緒にモノをシェアする時に、相手はどんな人だろうか心配になりますが、日本でシェアする限り、相手は日本人か日本に住む外国人であり、そんなに「変な人」はいないという、安心・安全が売り物の国なのです。だから私は「シェアリングエコノミー」はこんな日本人の国民性に合った経済だと思うのです。東京オリンピックでは残念ながら世界からゲストを呼ぶことができず、シェアリングサービスを提供することはできませんでした。しかし、もしもゲストを呼ぶことができる環境であったなら、世界より一歩進んだ高度なおもてなしのシェアサービスを世界中へ見せることができたのではないでしょううか。


図1:シェアリングエコノミー
政府 CIOポータルサイト より
https://cio.go.jp/share-eco-center

 特に1990年以降に生まれた20代から30代前半ばの「ミレニアル世代」と呼ばれる若者は、生まれて物心がついた時にはすでに「第三の波」が到来しており、「第二の波」の世代のようにモノには固執せず、逆にモノを持たず、モノに縛られない自由という豊かさを満喫しています。「第二の波」の世代の最終目的は、マイホーム(一軒家)という究極のモノを持つことでしたが、それと引き換えに30年以上の長いローンを組み、その返済という義務に長年縛られて生きていくことになりました。一方、「ミレニアル世代」はそんな一つのモノに縛られることは早々と放棄し、賃貸やシェアで一時的なモノとのつながりを楽しんでいます。なので、昨今のシェアリングエコノミー商品にいち早く反応したのは、この「ミレニアル世代」です。家、部屋、クルマ、駐車場、高級ブランド品など、比較的金銭的価値の高いものから始まり、最近では自転車、普段着や傘などの低価格なモノにまでシェアの対象は広く及んでいます。さらにシェアの対象はモノのみならず、労働力や個人的なスキル(得意技)などの空き時間をシェアするなど、サービスにまで広がりを見せています。ありとあらゆる余り物がシェアの対象となり得る時代なのです。まず身の回りで余って困っているものを探す、これがこのビジネスに参入する第一歩なのです。
 日本政府もシェアリングを成長戦略と位置付けて、この動きをバックアップしています。「シェアリングエコノミー」が進展すれば、政府が掲げる「働き方改革」にもつながります。例えば、仕事場をシェアする「シェアオフィス」サービスが充実していけば、企業が推進するテレワークを実現するのに必要なセキュリティーの確保されたネットワーク環境が整備され、一層テレワークを推進しやすくなります。米国ではすでに16万人もの顧客を抱える「シェアオフィス」サービスが登場しています。この企業は、単純に作業スペースを提供するだけでなく、メンバー同士の交流を生む場としてもそのスペースを提供することにより、それがさらに価値を高めているといいます。このような異業種の人間との交流は、新しいビジネスを生む上でも貴重なものです。「シェアリングエコノミー」の現在の本命は、自動車をシェアする「ライドシェア」と、使っていない部屋を貸し借りできる「民泊」だと言わています。それぞれに政府も法整備を進め、これらの推進を支えています。「民泊」に対しては、「民泊」を条件付きで解禁する(認める)住宅宿泊事業法(通称、民泊法)を2018年6月に施行しています【図2】。その準備として、同年3月には業者の登録・届け出が始まりました。この動向が今後日本に「シェアリングエコノミー」が根付いていくかの試金石となると思われます。「第二の波」の既得権を持った業界や「民泊」を受け入れる一般市民とのぶつかり合いが予想されますが、その結果に注目したいと思います。ただ、単純に外国で成功したビジネスモデルを持ってくるのではなく、日本の社会にうまくマッチさせることが大切です。その結果、他国にはない日本らしい新たなシェアサービスが生まれるなら、こんなすばらしいことはないと思います。


図2:住宅宿泊事業法(通称、民泊法)
政府 民泊制度ポータルサイト より
https://www.mlit.go.jp/kankocho/minpaku/overview/minpaku/law1.html

 実は「シェアリングエコノミー」は諸外国の方が日本より進んでいます。日本人は法令順守の意識(モラル)が高いですが、逆に言うとルール(法令)ができるまで二の足を踏んでしまうところがあります。国や自治体がルールを作ってくれるまで「待ち」の姿勢になってしまうのです。これに対し、諸外国では詳細のルールは決めず、何か問題が発生すれば裁判で正していく、という「判例重視」のスタンスで進めています。この意識の違いから、諸外国では「まず、やらせてみよう」というアプローチになっているのです。「第三の波」のビジネスのように新しい事業を行う場合には、この違いは大きく影響してきます。企業や経営者もここは少し意識を変えてリスクを取ることが必要ではないでしょうか。中国ではシェアビジネスが急拡大しています。シェア自転車ではすでに1500万台を超える自転車が配備されたと言われています。中国は政府の方針もあり、ITビジネスの強化は国の施策と一致しています。そして、ビジネスの中で何か問題が発生すれば、政府が強力なルールで制圧にかかるのです。そこでは度々問題や軋轢も生んでいますが、そのダイナミズムは日本が見習うべきところが大きいと思います。

(4)デジタルデータの活用、データ戦略:
 「第二の波」の社会では、エネルギー資源として、化石燃料(石炭、石油、天然ガス、・・)、鉱石資源として金、ウランなどが価値を持っていました。「第三の波」を迎えているこれからは、それにディジタルデータ(情報)が加わります。ディジタルデータは人工知能(AI)を動かす貴重な資源(「データ資源」)なのです。今後はこのデジタルデータを有効活用できるか否かが成功のカギを握っています。ディジタルデータは国境もルールもないサイバー空間に存在しています。貴重なこの資源を、どこかの国の無法者が無断で持っていってしまうかもしれません。中国のように「データ資源」を国土と同じように主権の及ぶ範囲と捉えている国もあります。これらに対して、国としては戦略をもって対応していくことが必要となっています。日本由来の「データ資源」をいかにして生み出し、それを無断で持っていかれないように適切な保護をして、今後も成長を続けていくにはどうしたらよいかを考えなければならないのです。
 まず、日本由来の「データ資源」とはどんなものでしょうか。代表的なものを挙げると、日本の国土や建築物に紐づいた地形や地図情報、日本の産業界が育んできた工場などの制御情報、ノウハウ情報、日本に暮らす国民の医療情報、個人情報などのローカルなデータです。これらは我々国民にとって貴重な情報であり、正しい目的のために適切に利用されなければなりません。高精度の三次元地図情報は、自動車の自動運転には欠かせない重要なデータであり、例えばこれを海外の巨大IT企業が独占するような事態になると、すべての自動車メーカーはその「データ資源」の提供を受けざるをえなくなってしまいます。その場合、恐らく「データ資源」の提供と引き換えに、膨大な要求を突きつけてくるようになるでしょう。例えば、車載のブラウザーの検索エンジンはそのデータを提供する会社のものを使えとか、アプリケーションのダウンロードはその会社のプラットフォームを使えとか、広告を表示させろとか支配を強めてくるはずです。そしてさらに重要なことは、我々が国内で運転したドライブデータは、その企業に中抜きされってしまうことです。自分のドライブデータを差し出すか、自動運転を使うのを諦めるか、どちらかを選ばなければならないのです。こうなってはいけないと、政府は将来的には国内の自動車メーカーが共通に利用する3次元地図データを目指して実際の高速道路を利用した実証実験を開始しました。道路事情は各国いろいろ違いがあり、日本のように狭く、民家が密集した地域でも安全な自動運転を実現させるには、他国とは違った工夫が必要であると考えられ、ここには日本独自の技術が必要になってくるはずです。そしてその地図データのフォーマット等は国際的にも標準化し、当然海外メーカーも利用できるようにしなければなりません。国際標準化は、ベータマックスとVHSのビデオ規格争いやディジタルテレビの方式など、場合によっては国を巻き込んでの争いになることがしばしば起こります。地図データにおいても、当然いろいろな国や企業の思惑によっていろいろな争いが起こると思われますが、ここで負けてはなりません。国は地図データ以外の「バイオ・素材」、「ものづくり」、「プラント」など産業関連のデータに対しても基準作りを始めています。データの内容を揃えることにより、より広範囲な企業で共有し、有活用できるようになります。これと並行し、集められた「ビッグデータ」を共有し、利活用するための「認定バンク制度」も創設しています。これにより、企業間でバラバラに収集されていたデータを纏めることができ、セキュリティーが強化された状態で保護され、他の企業の利用もしやすくなるメリットがあります。さらに、データの独占や囲い込みが発生しないよう、認定バンクのデータの利用契約を結ぶ場合のガイドラインも用意しています。


図3:情報銀行とは
総務省 令和2年版 情報通信白書より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd261250.html

 次に日本に暮らす国民の医療情報、個人情報などを利用するための対策ですが、ここでも国はすでに手を打っています。どうすればプライバシーを守りながら個人的な情報をビッグデータとして生かせるかが課題でしたが、2017年5月に施行された「改正個人情報保護法」ではIT企業側は個人の身元を特定する情報を隠せば自由に個人情報を扱えるようになりました。どのように情報を隠せばよいかなどの具体的な運用面ではまだ課題が残るものの、大枠として適切な運用のもとでは個人情報もビッグデータとして扱えるようになったのです。このようにビジネスに利用できる環境が整いつつあります。個人情報保護の面では、EUで2018年5月に施行した「一般データ保護規則(GDPR)」が認めている「データポータビリティ権【図4】」に関連して、個人情報を預けてその運用先を個人が選ぶ「情報銀行【図3】」や預けた個人情報の運用を任せる「情報信託」といったものが検討されています。情報を提供する側の個人も、自分の個人情報が正当にセキュリティー上も管理された状態で使われるならば、安心して情報提供することができる。そうなれば、個人情報を含むビッグデータを活用した新たなビジネスが見参な環境で成長していくものと思われます。
 ただし、これらの貴重なデータを脅威から守るセキュリティ対策はこれまで以上に重要になってきます。例えば高精度の三次元地図情報が他国のセキュリティハッカーに悪用されてしまうと、最悪の場合軍事利用され、遠くから正確に攻撃ターゲットにミサイルを命中させることが可能になってしまいます。こうなる軍事関係の施設や重要なインフラ施設などの情報は特に厳重な管理をする必要があります。今後は貴重なデータの管理基準やなどを急ぐ必要があります。


図4:データポータビリティ権
総務省 令和元年版 情報通信白書より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd113130.html

 以上、「今後の成長戦略」として、今後日本でも成長が見込まれる、より具体的な分野である「シェアリングエコノミー」と「デジタルデータの活用」に関してご説明しました。どちらも今注目されるビジネスですが、すでに国際的な競争状態に突入しており、何もしないで傍観しているとすぐに形勢が決まってしまいかねません。日本が今後の成長をつかみ取るためには、荒波に向かって突き進む覚悟が必要であり、今、その覚悟を問われています。


 

 

2022年02月23日