ITが社会・生活に与える影響(その1)
今回のテーマは「ITが社会・生活に与える影響」についてです。これまでの内容は、客観的な事実に基づく内容が多かったので、一般論として捉えていただいてもそれほど問題はないと思います。しかし今回以降の内容は、現在進行形のまだ結論が出ていないような内容が多いため、私の主観的な意見となります。多くの異論や反論などおありになると思いますが、私の私見ということでご理解願いたいと思います。こんな意見もあるのかな、ということで読んでいただければ幸いです。できるだけブログの内容が正しいものになるよう、裏付け調査などを誠意をもって行っていきますが、中には私の知識不足による誤解や調査漏れなどがあるかもしれません。何卒、ご容赦いただきたいと思います。
ここまでのブログで、「情報」とは何か、「IT(情報技術)」とは何か、またITに関わる産業として「情報産業」とは何かなどについて説明してきました。「IT」は現代社会を構成する要素の一つである「情報」に関わる技術であり、その技術を利用することは我々の生活のいたる所で影響を及ぼすことになります。そして決して抑えることができない押し寄せる「ディジタル化」の波によって、その影響は大きく、広範囲になるばかりになっています。ここでは、「IT」が我々人間社会に与える主な影響について考えたいと思います。
(1)生活環境:
私たちが普段の生活環境のうち、ディジタル化されてしまったものがその影響を受け変化しています。私たちがこれまで普通にアナログ的に行っていた行動が、「ディジタル情報」に変換され、サイバー空間へ送られたとたんに変わってしまうのです。その例は挙げればきりがありませんが、代表的な例は「スマートフォン」で何をやっているかを考えるとすぐにわかります。「スマートフォン」はサイバー空間にある「ディジタル情報」を利用するうえで現在最も便利なツールです。サイバー空間内のディジタル情報は、ディジタルデータ(2進数)で表現されているため、そのままでは人間には理解できません。ディジタルデータをアナログデータ化し、目で見ることができたり耳で聞こえるようにしないと人間にはわからないのです。そこで「スマートフォン」は解像度の高いディスプレイを備え「ディジタル情報」を可視化し、イヤホンやスピーカーで音を作り人間に伝えてくれるのです。また逆に人間の方からサイバー空間へデータを送るために、タッチパネルによって文字情報を入れたりマイクロフォンから音声を入力したりすることができます。また、カメラからは画像情報も送ることができ、GPSにより「スマートフォン」が今どこで使われているか、位置情報まで送ることができます。これらが1台の小さくてポータブルなスマートフォンですべて行うことができてしまいます。さらにボディーを小さくしてメガネや時計、リストバンドなどの形状にして身に付ける(ウェアラブル)ことができる端末(ウェアラブル端末)も作られていますが、小さくりすぎると、どうしても表示する画面サイズが小さくなりすぎたり、入力するためのタッチパネルの操作がやりづらくなるなどのデメリットがでてきてしまい、あまり使い勝手はよくありません。また、常に身に付けることの「うっとおしさ」もあり、今のところ「スマートフォン」なみに普及するところまでは至っていません。現時点では「スマートフォン」がベストな端末の地位を築いており、年に全世界で15億台も生産されています。
図1:日本で人気があるスマートフォン iPhone
アップルのホームページ ニュースルームより
(https://www.apple.com/jp/newsroom/)
それでは「スマートフォン」でできることを考えてみましょう。まず、何といっても一番大きいのはブラウザーからインターネットを快適に利用でき、これによりサイバー空間に存在するさまざまな「ディジタル情報」を検索し、簡単にアクセスできることでしょう。「スマートフォン」が2000年代前半に登場する前は、小型で軽量(といっても2Kg近い重さがあった)のパーソナル・コンピューター(ノート・パソコン)がその役割を担っていました。しかし、常に持ち歩くには重く、電車で立っている時は大きすぎて使えず、またインターネットとつなぐためのインフラである携帯電話網(モバイルネットワーク)も性能は遅く、しかも接続費用は高額であったため、一部のITに詳しい人(専門家)が使うものでした。これらの問題が一気に解消したのが「スマートフォン」であり、今では世界の三分の一の人が所有する、誰でも持てるサイバー空間にアクセスするツールになったのです。こうして、現在の特に若者の生活は「スマートフォン」中心の生活になっているのです。人間はさまざまな伝達方法でさまざまな「情報」を必要としますが、このわずか10年強の間にその多くを「スマートフォン」から得られる「ディジタル情報」に頼って生活するようになりました。これまで、本や雑誌などのアナログなメディアから得ていた情報を、今ではこれらのアナログメディアを持ち運ぶことは無くなり、「スマートフォン」1台で済ますようになったのです。
「情報」にもいろいろありますが、「ニュース」はその代表的な分野です。ニュースを伝えるという大切な役割は、これまで新聞、テレビ、ラジオ、雑誌などの「マスメディア」が担ってきました。そこにインターネットという新しいメディアが加わったのです。米国のある調査によれば、2017年の米国において、ニュースを主にテレビで見るという人は50%、新聞で見るという人は18%であり、前年比でも2%減少しています。これに対し、インターネットでニュースを見るという人は前年比5%増の43%にのぼったということです。勢いの差は歴然であり、従来型の新聞、テレビ、ラジオなどのマスメディアが主役の座を降りることになるのは時間の問題と思われます。この主役交代は、当然メディア企業の経営を揺さぶっています。1923年に創刊された米国を代表する雑誌出版社である「タイム」は雑誌のディジタル化を進める他のメディア企業に経営を任せました。米国ではこれまで多くの視聴者を獲得していたケーブルテレビ(CATV)も解約が増えています。従来型の企業はITによる自分達の市場の変化を常にウォッチし、タイムリーにディジタル化の波に乗っていかなければ生き残ることは不可能になっているのです。
従来のマスメディアの多くは、情報の流れる方向は、情報を発信する側から受け取る側への一方通行でした。しかし、インターネットは誰もが参加できる双方向型のメディアです。そこで、ニュースを配信するだけの一方向のサービスだけではなく、「ソーシャルメディア」とも呼ばれる新たなメディアサービスが生まれました。世界中の多くの人がスマートフォンを利用するようになったことで、その市場価値は急速に高まり、さまざまなサービスが続々と提供されるようになりました。フェイスブックに代表されるSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)やYouTubeなどに代表される動画共有サイトなどが代表的な例です。これらのメディアでは、情報(コンテンツ)を消費者である一般人が作成するようになり、生産者と消費者の境界が曖昧になりました。今や、生み出される新しいコンテンツのかなりの部分は消費者自らが作り出すようになったのです。これは、これまでのコンテンツ生産の専門家である「クリエーター」の立場を危うくしています。
「貨幣」も情報の一つです。これまで中央銀行(国)が発行する、紙や金属などのメディアに保存された「国がその価値を保証する」という情報が「貨幣」として使われてきました。その信用情報が無ければ、ただのきれいに印刷された紙や金属の価値しかありません。少し精巧に作られたおもちゃの紙幣と同じです。そして決済の手段として特に日本では現金で支払う(決済する)ことが多い状況にありました。日本では24時間引き出せるATM(automatic
teller machine)が普及しており治安も良いことから、現金で支払うことに関する問題が少ないこともその理由とされています。しかし、現金を持ち歩くことが危険な海外では、まずクレジットカード(ICカードというITが使われている)やプリペイドカードが広まり、現在では「スマートフォン」が決済手段として広く使われています。従来、クレジットカードやプリペイドカードはサービス運営会社毎に別々に持つ必要があり、サイフはいろいろなカードでパンパンになっていました。その機能を「スマートフォン」1台に集約することにより、パンパンのサイフを持つ必要がなくなったのです。現在の若者は「スマートフォン」は持つが現金もサイフすら持たない人も増えてきています。このようなキャッシュレス化は、利用者だけでなく、店舗側にもメリットをもたらします。現金決済の場合、日々の売り上げを確認するためにはレジの中の現金とのつき合わせの作業が発生します。これは閉店してから30分以上かかることもあり、この効率の悪い作業はかなりの負担になっています。しかし、これがキャッシュレスになれば、瞬時に売り上げを確定させることができます。また、銀行業務におけるATMの管理作業も、膨大な人件費を必要としています。海外では日本よりキャッシュレス化が進んでおり、2015年の段階で韓国ではすでに約90%がカード決済であり、英国やシンガポールで約50%、米国では約40%がカード決済されています。それに対し、日本はまだ20%程度でしかありません。
「通貨」としての役割もディジタル化が進んでいます。これを「仮想通貨」と呼び、利用者は「スマートフォン」経由で出し入れなどをしています。この「仮想通貨」がこれまでの円などの「法定通貨」と大きく異なるポイントは、「仮想通貨」は中央銀行を必要とせず民間が発行の主体となることです。したがって、その発行量は「法定通貨」の場合は、その時の経済情勢に合わせて中央銀行が決定するのに対し、「仮想通貨」は「ブロックチェーン」という中央集権的ではない仕組みの中で決まっていくのです。しかも、民間とはサイバー空間での民間であり、国籍はありません。現在その「仮想通貨」の勢いが増しています。「ブロックチェーン」という仕組みの中で生まれた信用が、国の信用に対抗しだし、国の信用の地位を揺らし始め、そのシェアを拡大しつつあります。これは産業革命以後に築かれてきた大量生産、大量消費、市場主義といった経済を動かしていくのに都合がよかった「中央集権制度」に対する挑戦のひとつです。このような「中央集権制度」の変化は「通貨」以外でもいたるところで起こっています。
「仮想通貨」のメリットは何でしょうか。信用情報がディジタル化されているため、サイバー空間に存在する「ウォレット」と呼ばれるサイフの中に入れておくことができます。実物のサイフは必要ありません。送金はサイバー空間において実施されるため、国境はなく、瞬時におこなえます。しかも、送金の管理は民主的に行われているため、法令通貨の送金に比べ、安価になります。人間が実社会(物理社会)で築き上げてきた複雑なルールはなく、ほとんど自由にやり取りを行うことができます。この「仮想通貨」が通貨の一つの出口である消費に問題なくつながるようになる、つまり「仮想通貨」による店舗での支払いが一般的に広がってくると「法定通貨」に対する優位性がどんどん増してきて、相対的に中央銀行の機能が低下することになると思われます。これに危機感を覚えた海外の中央銀行や国の中には、「法定通貨」と同じように中央銀行や国が発行の主体となり、その信用情報を保存するメディアをディジタル化した「法定ディジタル通貨」によって対抗しようと検討しているところもあります。また、銀行も「仮想通貨」を使って銀行間で送金するサービスの検討をするなどの動きがあります。今後どうなっていくかの予測は難しいですが、「貨幣」や「通貨」に関わる生活習慣もITによる影響を受け、変わっていくことは間違いありません。今後は、いろいろな選択肢の中から「通貨」を選ぶ時代になると思われます。
図2:いろいろな仮想通貨 大手取引所 コインベースのホームページより
(https://www.coinbase.com/)
ITによって影響を受ける「情報」を挙げればきりがありませんが、やはり情報の一つである「位置情報」のディジタル化が我々の生活に与える影響について説明しておきたいと思います。ITが生まれる前の我々個人の「位置情報」は管理・共有されることはあまりありませんでした。会社などで「位置情報」を管理する方法としては、「行き先明示版」と呼ばれるホワイトボードを使って自己申告の情報で管理するのが一般的でした。しかし、これを移動する度にメンテナンスするのは骨の折れる作業であり、ルーズな人は書かなかったり、古い情報をほったらかしにしたりしていて、正確性には少し問題がありました。ときどき行方不明になる社員がいて、問題になることもありました。しかし、ポケットベルや携帯電話が登場したことで、少しこの状況は改善され、急ぎの用事が発生した場合にはポケットベルや携帯電話を鳴らすことにより、どこにいても連絡はつくようになりました。そして、電話で「今、どこにいるの?」と確認すれば、その「位置情報」を得ることができるようになりました。しかしこの方法はイベント駆動型であり、常時把握するものではありませんでした。したがって、我々はあまり自分の「位置情報」を把握されることに慣れていませんでした。「どこで何をしようと」把握されることは少なく、勝手に生活してきました。しかし、ITの進化により、現在では「スマートフォン」を持っている一般人の「位置情報」を常時把握することが可能になってしまったのです。今や、「スマートフォン」の位置情報を「オン」にしてしまえば、その情報は広く共有される情報となってしまうようになりました。「位置情報」を提供することにより、これまでどこかはじめての場所へ行く場合ガイドブックや地図を手に目的地を探す必要があったものが、「スマートフォン」に目的地を登録するだけで、あとはスマードフォンのナビゲートするアプリケーションが画面上でルートを的確に指示してくれるようになるなど便利なものです。しかし、その裏で、その「位置情報」を利用すればその「スマートフォン」を持った人がいつどこに行ったか、つまり行動パターンを完全に把握できるようになるのです。その「スマートフォン」の持ち主が誰か、実世界の情報とサイバー空間の位置情報が結びついた時、その人の行動パターンは常時把握可能となってしまう可能性があります。これまで、「どこで何をしようと」勝手に生きてきた人が、「どこで何をしているか」常に監視されているような社会になってしまう恐れがあります。そのため、この「位置情報」の利用に関しては、今後もよく検討される必要があるのです。
(2) コミュニケーション:
人間が社会を構成していくのに人と人との「コミュニケーション」は極めて重要です。他の動物に比べホモ・サピエンスはこのコミュニケーション能力が高かったため、多くの人間が協力しあって現在のホモ・サピエンス優位の社会を作ることに成功したのです。「コミュニケーション」は情報の交換です。しかもその情報を伝達する方法は多岐にわたります。声(音)という空気の振動を使って「言葉」で気持ちを伝えたり、紙を使って自分で手描きした「文字」で伝えたり、また表情のように目に見える形によって気持ちを伝えたり、場合によってはハグするなどで温もりを確かめ合うことで伝えたりしています。人間の脳はこれらのいろいろな手段によって伝えられたいろいろな情報を総合的に判断し、お互いの思いや考え方などを交換し、「コミュニケーション」をしてきました。少なくとも、人類がこの世界に誕生してから現在までの700万年はこのような方法で「コミュニケーション」をしてきたのです。上野動物園で生まれたパンダの赤ちゃんに対する母親が示す愛情表現を見ていると、人間だけでなく他の動物でもいろいろな表現で「コミュニケーション」していることが良く分かります。しかし、ITはこのような「コミュニケーション」にまで影響を及ぼしています。
従来のコミュニケーションに使われていた情報を伝えるための媒体(メディア)は空気や紙など、長距離の伝達にはあまり向いていないものが主体でした。したがって、基本的にコミュニケーションはフェイス トゥー フェイス(face
to face)で行われてきました。しかし、ITによってインターネットが媒体として使われるようになると、長距離の伝達も可能で、しかも瞬時に行うことができるようになり、直接会わなくてもすむようになりました。また、コニュニケーションに使われる「情報」もディジタル化され、サイバー空間にマッピングされると、国境も関係なくなり、世界中の人間同士が同じ土俵でコミュニケーションできるようになりました。その主役となっているコミュニケーショツールが「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」です。このコミュニケーションツールの力は大きく、時には国の勢力図まで書き換えてしまうほどになりました。2010年に中東から北アフリカにかけて発生した民主化運動「アラブの春」のきっかけは、チュニジアで失業中の若者が警察官に暴行を受け、これに抗議するため焼身自殺を図った事件がフェイスブックにより世界中に拡散し、その時の政権を崩壊させることにつながっただけでなく、近隣諸国にもその影響が広まったものと言われています。このように、人類は強大なコミュニケーションツールを手にいれることになりましたが、その強大さ故にそれをうまく使いこなすまでには至っておらず、SNS上の情報を管理・運営するフェイスブック、ツイッターなどの企業の責任も大きくなっています。
図3:日本における代表的SNSの利用率の推移(全体)
総務省ホームページ|平成29年版 情報通信白書より
(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/html/nc111130.html)
以上、今回はITが私たちの社会や生活に与える影響についてご説明してきました。2項目についてご説明しましたが、まだまだ影響を及ぼしている項目はありますので、今回はここまでとさせていただき、残りを次回(第16回)「情報産業(ビジネス)の特徴(その2)」として説明させていただきたいと思います。