IT、ディジタル情報の限界(その1)
今回のテーマは「IT」、「ディジタル情報」の限界についてです。
現在、「IT(情報技術)」はものすごいスピードで高度化し進化を続けており、その結果生まれた「サイバー空間」には実世界の情報がどんどんマッピングされ、「ディジタル情報」が増え続け、とめどもなく「サイバー空間」が膨張を続けているということを説明しました(本ブログその11 サイバー空間の内容と特徴をご参照ください)。そうなると、これらの技術に限界が無いかの印象を持ってしまいますが、実際には現在見えているいくつかの限界(課題)があります。今回は、その限界についてご説明したいと思います。ただし、この限界が長い時間的レンジで存在し続けるかはわかりません。これらの限界を乗り越える新たなテクノロジーが開発される可能性は十分にあることは付け加えておきたいと思います。
(1)ラスト・ワンマイルの問題:
実世界の情報の一部を「ディジタル情報」に変換(符号化)し、それを「サイバー空間」で情報処理する技術が「IT(情報技術)」です。扱う情報は「ディジタル情報」、つまり内容としては“0”と“1”だけの二つ数値(二値)の羅列で表現された「ディジタルデータ」です。残念なことに、今のところ人間はこの「ディジタルデータ」をそのままでは理解できません。つまり脳に直接インプットすることができないのです。2014年に公開された映画「トランセンデンス」では、主人公の科学者の脳をディジタルデータにしてコンピュータにアップロードしていましたが、残念ながら現時点では不可能です。「ディジタルデータ」を復号化(デコード)して、音として再現したり、映像として液晶ディスプレイに表示してくれれば、耳や目からその「情報」は人間にインプットされます。銀行のATM(automatic
teller machine)もそうです。我々は実世界では「貨幣」を使って生活をしています。その「貨幣」を銀行のATMで機械の中に入れた瞬間、その「貨幣」は「ディジタルデータ」に変換(符号化)され、「サイバー空間」へ行ってしまいます。その状態で、自分が貯金した「貨幣」を「ディジタルデータ」に符号化された“0”と“1”だけの二つ数値で見せられても、何がなんだか全く分かりません。自分の「お金」がどうなっているのか、存在を確認することはできないのです。しかし、ATMで預金通帳を入れ記帳をしてみると、「サイバー空間」の「ディジタルデータ」は復号化(デコード)され、預金残高が我々の理解できる10進数の「数字」で印刷され、それを目で確認することが可能となります。また、ATMで出金すると、今度は通帳への印刷だけではなく、「貨幣」というモノになって戻ってきます。このように、「サイバー空間」にある「ディジタルデータ」は、最終的に人間と接する時には復号化(デコード)され、人間が理解できる画像や音声、モノなどにする必要があるのです【図1】。
図1:サイバー空間へのマッピング例(貨幣)
私は、この「ディジタル情報」が最後に人間と接する場所を、「サイバー空間」と「実世界」の「波際」と呼んでいます。そして「情報」と「物質」および「エネルギー」で構成され、重力に支配された実世界へ戻ってきます。「サイバー空間」の中で、「ディジタルデータ」として存在しているだけでは、人間の役にほとんどたたないのです。これが限界の一つです。本章のタイトルでは顧客の近くという意味で「ラスト・ワンマイル」という表現を使いましたが、実際には顧客と接するところなので、ワンマイル(約1.6Km)も離れた時の問題ということではありません。液晶ディスプレイが見える範囲や音声が届く範囲であり、その意味では「ラスト・ワンインチ」と言った方が適当かもしれません。
この限界が解決されない限り、いくら「情報」をディジタル化してサイバー空間上でものすごいスピードで処理できたとしても、最後の出口の所で時間がかかり、さらに出口から出てきた大量のモノを保存したり、運んだり、届けたりするロジスティクスの部分は以前にも増して大きな負担がかかることになってしまいます。現在発生している宅配便の慢性的な人手不足などはこれが原因です。最後の人に接する現場はどこも人手不足になり、ここがボトル・ネックになってしまうのです。この問題を解決するための対策としては、ロジスティクスの無人化が検討されています。アマゾン・ドット・コムは人工知能(AI)を持ったドローンによる配達サービスを検討しており、実証実験を続けていますし、完全自動運転車を使って宅配の無人化を検討しているところもあります。そもそも、モノを移動せずに「ディジタルデータ」を顧客の元に送付し、顧客の家の中、あるいは顧客の家の近くのコンビニエンスストアなどで復号化(デコード)しモノなどの形に変えようという試みもあります。例えば三次元プリンターと呼ばれる立体物を造形する装置を利用すれば、ある範囲のモノは「ディジタルデータ」で情報を送り、顧客先でモノに変えることが可能です。
図2:3Dプリンターの例
キーエンス ホームページより
https://www.keyence.co.jp/products/3d-printers/3d-printers/
最後に、人間が「ディジタルデータ」をそのまま理解できるようになるのが、最も効果的なこの対策になります。これができれば、現在、人間に「サイバー空間」にある「ディジタルデータ」を復号化(デコード)し、人間が理解できる画像や音声などに変換してくれる最も便利で優れた装置(デバイス)である「スマートフォン」も持つ必要はなくなるでしょう。「歩きスマホ」や運転しながらスマートフォンを操作する「ながらスマホ」などの行為がなくなり、より安全に「サイバー空間」にある「ディジタル情報」にアクセスできるようになると思われます。しかし、残念ながらそうなる可能性は低く、望み薄です。現在、固定電話回線を利用したFAXがまだ使われているが、あの送信音を聞かれた経験を持つ人もいらっしゃることと思います。「ピー・ヒャラララ」という感じの音が聞こえますが、あれを聞いてFAXで送信された内容を頭に再現できる人間はこれからも出てこないと思われます。
(2)電気エネルギーの問題:
「ディジタル情報」やサイバー空間を支えるサーバーやネットワーク装置などのITインフラの多くは電気エネルギーで動作しています。「ディジタル情報」と電気信号や電磁波(電波)などのエレクトロニクス技術はとても相性が良く、電気信号の特徴を利用してITは成り立っています。したがって、ITと電気エネルギーは切っても切れない関係と言えます。しかし、このことはしばしば問題を引き起こします。一つは、優れた人工知能(AI)を搭載したロボットでも、動作できるのはバッテリーが給電できている時間内に限られるということです。この問題は身近な「スマートフォン」でも起こるので、理解しやすいと思います。「スマートフォン」でも使っているうちに、バッテリーの残量が少なくなってきて慌てて充電できる場所を探したりしています。それと同じことは、これらのロボットでも当然起こりますし、ロボットは機械的なメカニズムも持っているため、いくら大容量のバッテリーをかついでいても稼働時間には限界があります。人間も一日8時間ぐらいの睡眠は必要ですが、時には無理をして24時間眠らずに何かを行うこともできます。しかし、電気エネルギーを利用したロボットには無理は効きません。バッテリーが20時間しかもたなければ、それ以上無理はできません。バッテリーをいくつか持っていって、不足してきたら交換し、その間に充電するなど面倒なことをしなければならないのです。
この問題について、他の例を挙げましょう。現在「すべてのモノをインターネットでつなぎ、有効活用していく」IoT(Internet of Things)が注目されています。すべてのモノに「情報」を発信するセンサーを付けた装置(センサーデバイス)を取り付け、温度、湿度、心拍数、振動などの「情報」を計測し、インターネット経由でクラウド側のサーバーなどに送信するものです。そのセンサーデバイスは1年で何億台、何十億台という規模で増えていくと考えられています。ところが、そのセンサーデバイスも電気エネルギーがないと動作しないものが多いのです。今、一番手っ取り早い給電方法は「電池」で給電することです。幸いセンサーを付けた装置はとても小さいので、それほど大きな電力を必要としません。そのため、小さなボタン電池でも10年程度は給電し続けることが可能です。しかし、10年後にはそのデバイスは動作しなくなってしまいます。だとすると10年後からは毎年何億台、何十億台というセンサーデバイスの電池交換をしなければならなくなるということになるのです。こんな膨大な作業を本当にやっていけるのでしょうか。この問題を解決する一つの方法は、センサーデバイスが必要な電力を自家発電する方法です。太陽光発電や振動を利用して発電するもの、他のデバイスから発信された電磁波を利用して発電するものなど、いろいろ検討されているが、なかなかセンサーデバイスを駆動するために必要な電力を確保するのが難しい状況にあります。
図3:IoTの概要
KDDIホームページより
https://iot.kddi.com/iot/
「情報システム」はすでに現代社会を支える重要な社会インフラとなっています。これが停止するなどの障害はあってはならない状況になっています。しかし、この電気エネルギーの問題は「情報システム」の弱点の一つでもあります。さすがにクラウド側の「サーバー」や「ストレージサーバー」、「データベースサーバー」などは強固な「データセンター」に設置され、自家発電装置も備えているため大きな問題にはなりにくいですが、「ネットワーク」は「データセンター」だけではなく、全国に設置された基地局やその間をつなぐケーブルなどで構成されており、電力エネルギー問題が発生します。東日本大震災の時にも、ケーブル断線や設備倒壊による通信不能(停波)が発生しましたが、基地局が商用電源の停電によりサービス停止となる事態も発生しました。このような災害時でも安定動作するようなインフラシステムが要求されており、その中で電源の確保は重要課題です。これを解決しておかないと大事な時に役に立たない可能性があります。大地震の際、帰宅するときに身内の安全確認、交通機関の運行情報、道路の損害状況など、すぐに知りたい情報は山ほどあり、それが生命を守る重要な情報となります。そんな時にこの電気エネルギー問題は、このライフラインとも呼べるネットワークを寸断してしまうリスクがあるのです。
さらに人工知能(AI)のような高度なITでは別の問題もかかえています。それは、電源消費量の問題です。人工知能(AI)のように、膨大な演算をベースにした技術はスーパーコンピューターで行うような超高速の演算処理を要求します。超高速な演算処理をするためには、CPU(Central
Processing Unit)を沢山用意するか、超高性能なCPUを使う必要がありますが、この性能に比例して消費する電力量は増えることになります。日本のスーパーコンピューター「富岳」の先代である「京」の消費電力は約12.7MWでした。これは普通の家の消費電力の約1万5千件に相当します。ちなみに「京」と同等の演算能力を持っているとされる人間の脳の消費電力は約20WとLED電球1個分です。これからの人工知能(AI)は高度になるにつれ、より多くの演算能力を要求するようになり、今後も消費電力の増大が続くのではないか、という見方がでています。この問題は「仮想通貨」の採掘(マイニング)という処理でも指摘されており、採掘で膨大な計算を必要とし、膨大な電力を使っていることが問題視されています。
人間は動植物を食べることによりエネルギーを生み出し、生きることができます。そして、その活動は生態系(エコ・システム)として循環し、バランスが取れた状態においては資源を枯渇させることはないという優れたシステムの一環として行われています。しかし「情報システム」ではまだそのような生態系は実現されていません。「情報システム」に電力を生む仕組みはなく、消費するだけなのです。そこに「情報システム」の限界があるのです。
電源の問題の他にもう一つ、ITが電気信号や電磁波(電波)などのエレクトロニクス技術はとても相性が良く、電気信号や電磁波(電波)の特徴を利用して成り立っていることに関係する限界について説明しておきたいと思います。IT機器が利用している電磁波(電波)ですが、これはほとんど目には見えません(一部の波長の電磁波は可視光線として目に見える)が、その周波数は無限にあるものではなく有限の資源です。したがって勝手に使うことは許されず、総務省の管轄により公共機関や民間企業で利用できる周波数帯やその利用用途を定め、これを割り当て許可し、管理しています。しかし、「スマートフォン」の普及やそこで流れるコンテンツの情報量が、動画が増えるなどの理由で増加し、周波数の受給は逼迫してきている。ITが進歩して、新たな周波数帯域を使った高性能な新たなサービスを開始しようとした場合に電波の空きがなく、新事業を始められないような事態もあり得ます。
(3)寿命の問題:
人間にも平均で80年程度、時間にすると約70万時間の平均寿命があります。したがって、この限界はIT機器だけの問題ではありません。IT機器の寿命はどれぐらいでしょうか。IT機器は、いろいろなデータ処理(演算)を行うCPU、データを記憶するメモリやSSD(solid
state disk)、補助記憶装置(ハードディスクドライブ(HDD))などで構成されており、これらの部品の寿命が影響しています。通常これらの半導体の寿命は長くても10年程度と言われています。したがって、IT機器の寿命も長くて10年程度となり、これは人間に比べかなり短いものです。IT機器が社会インフラに使われるようになったことを考えると、もっと長くもってもらわないと困る状況になっています。前にも挙げたIoTでは、1年で何億台、何十億台という規模で増えていくのです。それが10年で寿命になってしまったら、電池交換しても動かないことになってしまいます。こうなるとセンサーデバイスもただのゴミになってしまうのです。IT機器も水道や道路などと同じように、社会インフラとして将来にわたってメンテナンス(交換を含む)を続けていく予算や計画を立てておく必要があります。
さらに使用する環境にも制限があります。最近の半導体チップは集積度が上がっており、とても精密なデバイスです。したがって、取り扱いには注意が必要で、高温・低温、多湿、振動、塵埃などは機器の故障につながります。一般的なパーソナル・コンピューターの使用できる温度範囲は、5℃から35℃程度のものです。地球温暖化の影響により、日本でも夏の最高気温が40℃近くになることも増えています。人間は汗をかきながらも何とかやっていけますが、IT機器はこのような厳しい環境で使い続けられるとそのうち故障したり、誤動作したりするようになります。冬も同じ話です。最低気温が氷点下になる日も多いですが、そんな状況で起動しようとしても動作しないか、エラーになるかもしれません。夏の暑い日や冬の寒い日は、AIを搭載したロボットはお休みしなければなりません。本来「IT機器」はエアコンが効いた過ごしやすい環境で使われないといけないデリケートなものなのです。エアコンもない部屋の外に置くなんで故障させるためにやっているようなものです。IT機器は人間より寿命は短く、デリケートで壊れやすいものだということを認識しておかなければなりません。映画のワンシーンで、戦闘ロボットが高熱で液体状にされるが、そこから元のサイボーグに復活して追いかけてくる、というものがありましたが、あのように高熱で溶かされてしまったら、現在のIT機器は確実に故障し、使い物にならなくなるのです。
以上、今回はIT、ディジタル情報の限界として「ラスト・ワンマイルの問題」、「電気エネルギーの問題」、「寿命の問題」の3つについて説明しました。 次回はこれに引き続き、「ロボット・人工知能(AI)の限界」、「シンギュラリティは到来するか」について解説したいと思います。