ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分(その3)
今回のテーマは前回、前々回に引き続き「ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分」についてです。
ITは便利で役立つ、強力な技術ですが、強力であるがゆえに使い方を誤ると人類の大きな脅威になり得ます。したがって、決して使い方を誤ってはならず、それを理解するためにあえて影の部分をご説明したいと思います。今回はその3回目で「追いつかない法制度」の問題、「兵器への応用」、「ロボットや人工知能職を奪われる」、「IT依存」の4つ問題について解説したいと思います。
(6)追いつかない法制度:
実社会ではすでにいろいろな法律、ルールが作られ、この上で人間社会(立憲国家)は成り立っています。実世界は物理世界であり、多くの法律やルールは実世界のモノと結びつけて、物理的な裏付けのもとに定義されてきました。そもそも日本の法令は、属地主義を原則としており、日本の法令は原則的には日本にいる人や日本で行われる行為に対して適用されます。日本という物理的な場所がベースとなっているのです。しかし、サイバー空間は国境もない空間であり、現在の法令ではとらえきれないことが多い状況です。しかもサイバー空間には「ディジタル情報」という無形資産しかありません。しかし、そんなサイバー空間には現実世界の「情報」がマッピングされ、実世界との関係は深まるばかりです。実世界を取り締まるルールは、つながっているサイバー空間の「ディジタル情報」に対しても、その範囲を広げる必要性が高まっています。サイバー空間の無法化状態は、実世界にも悪影響を及ぼしはじめています。現在、サイバー空間の「ディジタル情報」を含めた法整備が進められていますが、根本的な考え方や定義から変える必要があり、整備には時間がかかることが多く、それに対しサイバー空間の膨張スピードが速いため、なかなか追いついていないのが現状なのです。
現在、対応を迫られている問題として、課税制度の問題があります。本ブログその17「ITが経済・ビジネスに与える影響」として「シェアリングエコノミー」が台頭することを説明しましたが、この個人と個人の間を取り持つ新しい経済モデルは従来の税制の見直しを迫っています。「シェアリングエコノミー」は、もともと自宅で空き部屋があったり、自分の着ていた洋服のサイズが合わなくなったり、購入はしたものの、着る機会がなかったものなどを個人間で融通しあって無駄をなくそうといったコミュニティー活動の延長で生まれてきました。しかし、その個人間の結びつきが、限られた地域的なコミュニティーではなく、サイバー空間というとてつもなく広い空間に広がった瞬間に、それを互助の精神ではなく事業として営利目的で考える人が沢山出てきました。この二つの考え方に対し、税制も課税方法が当然変わってきますが、そこに少し混乱があるのと、この二つを悪用して税を軽くして租税回避する輩が存在しているのです。課税当局も「シェアリングエコノミー」下の所得を正確に把握することには苦労しており、日本経済新聞によると、フランスは2020年からシェア経済の仲介を手掛けるプラットフォーム事業者に取引情報の提出を義務づけると決めたと報じています。こういった網を張るような対策も、今後必要になってくるものと思われます。
また、ITのビッグ5のような巨大な米IT企業に対する課税も頭の痛い問題です。これは日本だけでなく、世界各国共通の問題となっています。特に法人税は経済活動を行い、経済価値を創出した場所(国)で徴収することが国際的なルールとなっていますが、商品がサイバー空間にある「ディジタル情報」である場合その判断がとても難しいのです。経済協力開発機構(OECD:Organization
for Economic Cooperation and Development)の租税条約では、企業が進出した先の国に営業支店、物流拠点(倉庫)や生産拠点(工場)などを持っている場合にしか法人税を課すことはできないことになっています。これに従えば、米国内にあるサーバー(生産拠点)から「ディジタル情報」を使った音楽配信サービスを日本国内の消費者に向けて行い、利益を上げたとしても、この企業に法人税を課税することはできません。これを改めるため、2019年1月からは、日本に大型の物流拠点があれば、アマゾンのように電子商取引(EC:electronic
commerce)を使って日本で物を売る場合、法人税を課すことができるように経済協力開発機構(OECD)のルールを変更しています。しかし、これも流通するものが「ディジタル情報」の場合はモノではなく無形資産であるため、この対象にできません。このように、サイバー空間を利用するIT企業から法人税を課税するのは難しいため、消費地の課税方法としては消費税や個人所得税の重要性が増すものと思われます。
図1:日本における税収の推移
財務省 ホームページより
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/a03.htm
課税以外にも、実世界では法やルールが張り巡らされており、消費者を守るセイフティーネットも構築されていますが、サイバー空間ではそれがないものがあります。その代表例が「仮想通貨」です。金融庁も健全な取引環境を整え、利用者保護を図るため、改正資金決済法を2017年4月に世界に先駆けて施行し、仮想通貨取引所の登録制を導入しました。これにより、取引インフラの一定のレベルを維持してきました。しかし、この導入以前から仮想通貨取引所を展開していた事業者は「みなし事業者」とされ、4月以降も事業を行っており、大量の仮想通貨流出事件を起こした「コインチェック」は、この「みなし事業者」でした。登録制を採用しても、仮想通貨システムの障害を起したり、運用上のミスが発覚するなど、なかなかインフラの底上げは進んでいない状況です。さらに、その匿名性が高く取引履歴を追いにくいため、資金洗浄に使われやすいなどの懸念も根強くあり、市場の安定や定着には至っていません。そんな中で、中国は人民元の海外流出を懸念し、仮想通貨の取引所を閉鎖すると報道されました。また、世界のベンチャー企業で資金を低コストで短時間に調達できる方法として利用が増えている仮想通貨の仕組みを使って資金調達方法であるICO(イニシャル・コイン・オファリング)に対し、実体のない会社が紛れ込む危険性が高いとして、やはり中国当局は全面禁止しています。
(7)兵器への応用:
ノーベル(A. B. Nobel)は自身が発明したダイナマイトが武器として多くの人々の殺戮に利用されたことを悔やみノーベル賞を作りましたが、いつの時代でも科学技術の軍事利用は影の部分の大きなテーマです。ITも軍事利用の影は迫っています。すでに「サイバー攻撃」を説明しましたが、もう一つ強力な武器としてITが利用されようとしています。そこで使われようとしている最も重要な技術は「人工知能(AI)」です。「人工知能(AI)」は脳の部分だけであり、実際に兵器にするならば、人間の手足や武器の役割をする機械部分が必要です。この組み合わせで「人工知能(AI)」の指示により精巧な機械を使って、人間に似た動作をするものを一般に「ロボット(robot)」と呼んでいます。さらにその外見や表情なども人間に似せて作ったロボットをヒューマノイド型(人間型)ロボットと呼び、前述したように手塚治虫の「鉄腕アトム」がその一例です。今、兵器への応用が最も危惧されるのが、この「ロボット」です。人を殺す目的で作られる「殺人ロボット」をこの実世界に送り出してはなりません。SF映画の中で留めておく必要があるのです。「殺人ロボット」が生産されるのを防ぐため、ロボット研究者、AI研究者、IT企業経営者などを中心に社会に対してメッセージを送り、啓蒙活動を続けています。
ロボット工学における倫理の指針として有名なのが、米国の著作家であるアイザック・アシモフがその著書『われはロボット』で世に広めた「ロボット工学の三原則」があり、それは以下のようなものです。
第一法則:ロボットは人間に危害を加えてはならない.またその危険を看過することによって,人間に危害を及ぼしてはならない。
第二法則:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなくてはならない.ただし,与えられた命令が第一法則に反する場合はこの限りではない。
第三法則:ロボットは前掲の第一法則,第二法則に反するおそれのない限り,自己を守らなければならない。
第一法則においては、ロボットが直接人間に危害を加えることを禁ずる一方、人間が危険にされされている時にそれを見過ごすことも許しておらず、人間を強力に保護する内容となっています。ロボットは必ず人間の味方になるということです。この三原則には欠点もあることが知られていますが、これが守られれば、我々は安心してロボットを向かい入れることができるかもしれません。
一方、人工知能(AI)を含めたIT関連技術者からも、自らの行動を律する倫理規定を定めたり、殺人ロボットに反対するキャンペーンを実施したりする動きがでています。非政府組織(NGO)の国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human
Rights Watch)は2013年から「武器:殺人ロボットに反対する(ストップ・キラーロボット)キャンペーン」を展開しています。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、そのホームページ上で「人間のいかなる指示もなしに、標的をねらって殺害することのできる致死力を備えた武装ロボットは、決して製造されるべきではない」と述べ、「戦場における意思決定には、常に人間が関わるべきである。殺人ロボットは道徳と法の一線を超えるものであり、故に公共の良心に対立するものとして拒絶されるべきである。」と訴えています。
また、インターネット無料通話サービス「スカイプ(Skype)」の創業者の一人であるジャン・タリン(Jaan Tallinn)などが中心となり、非営利団体「ヒゥーチャー・オブ・ライフ・インスティテュート(Future
of Life Institute)」を設立し、野放図な人工知能(AI)開発競争は殺人ロボットを生むリスクがあるとして、人工知能(AI)開発の暴走を止める「アシロマAI23原則」と呼ばれる指針を2017年に示しました。そこでは人工知能(AI)開発の開発における原則が示されており、それを守ることにより人工知能(AI)が人類にとって将来において豊かな暮らしをもたらすとしています。その宣言の中には、人工知能(AI)に対し、耐エラー性・堅牢性(ロバスト性)やエラーが発生した時に、その理由を確認できることなども求めており、人工知能(AI)の運用面での安全性も含め広範囲に要求しています。そして、当然「自律型致死兵器」の開発阻止を求めています。
日本でも人工知能学会が研究者としての倫理規定を策定、公開するなど、人工知能(Ai)が人間社会の中で健全に使われていくよう、社会的議論を深めるための取り組みが行われています。しかし、この軍事に関する問題は、核兵器開発における軍縮がなかなか進まないように、国際的に協調していくことは非常に難しい課題です。特にどこかの国が殺人ロボット(自律型致死兵器)を先に手に入れてしまうと、その後の調整はほとんど不可能に近くなると思われます。国連などを中心とした国際的な協調が進むことを期待したいところです。
図2:アンドロイド ― 人間って、なんだ?
日本科学未来館(Miraikan) ホームページより
https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/future/android/
(8)ロボットや人工知能(AI)に職を奪われる:
日本経済新聞は、英フィナンシャル・タイムズ(FT)と実施した共同研究で、人が携わる820種類の職業を約2千種類の業務に分類・調査した結果、そのうち全体の約3割、710の業務はロボットへの置き換えが可能であり、さらに日本に関しては主要国で最大となる5割強の業務を自動化できることも明らかになった、というショッキングな調査結果を報じました。ただし、これは半分以上の職が直ちにロボットに奪われる、ということではありません。我々の職業はいろいろな複数の業務から成り立っており、その内のいくつかは「高度な人間とのコミュニケーションを要する」などの理由でロボットではまだ代替できない業務であり、これらの業務は今後も人間がやるものとして残るからです。業務の全てがロボットに代替可能な職業は、全体の僅か5%未満とのことです。残りの95%の職業には何らかの人間でしかできない業務が残されているのです。このように完全に職を奪われることは無いにしろ、確実に人間がやってきた業務の一部は賢い人工知能(AI)を持ったロボットで置き換えられていきます。
今後、ロボットに置き換えられていく可能性が高い業務としては、ルーティン化(定型業務化)された事務作業業務やロボットでも作業できる組み立て業務などが挙げられています。具体的には顧客サービスを行う「電話オペレーター」や銀行などの「窓口サービス業務」などが挙げられています。これまで、比較的に知識集約型の職業とされていた、日本で一般に「士業」と呼ばれる「司法書士」、「行政書士」、「税理士」といった職業もかなりの業務を代替できるようになってきており、安泰ではなくなってきています。これらの職業は、法令の高度な理解が必要で、顧客と相談しながら提出資料を作成したり、官公署への登録を行うなどをするものですが、法令の理解といった所は人工知能(AI)でもかなりできるようになってきています。そもそも、人工知能(AI)は人間が明確にルール化している業務が得意です。チェスや将棋、囲碁が強いのも、人間がそれぞれのゲームのルールを明確にしているためです。このルールを人工知能(AI)に教え込むことができれば、過去の膨大な事例(法の場合は判例、ゲームの場合は対局棋譜など)を調査して、最も良いと思われる解を見つけ出すことは得意なのです。これと同じように、ルールに従って届け出文書(定型書類)を作成することなどは得意分野なのです。すでに米国などでは、弁護士業における訴訟の証拠収集や判例調査で人工知能(AI)が弁護士作業を補助する形で使われているとのことです。日本でも徐々にこのような取り組みは始められており、今後、ロボット化される業務は増え続けていくと思われます。そうなった場合にも、顧客とコミュニケーションし、顧客要望や意志を把握する場面などは人間が引き続きやっていく必要があります。
人間の英知を集めた発明や研究を行う分野は、特に人工知能(AI)に代替されたくない分野です。このような知的な作業は、人間のために残しておいて欲しいと考える人は多いだろうと思います。しかし、現実はこのような最先端の研究分野でも人工知能(AI)に奪われるのではないか、との懸念が広がっています。人工知能(AI)は膨大なデータから細かな特徴を見つけ出すことが得意です。画像データの中の微細な変化や特徴を人間が目で見るより細かく、正確に行えます。この特徴は医療分野で患者の癌発見に役立てるなどの応用がされています。この能力を使うと、これまで人間ではとても発見できなかったような新しい惑星の存在を見つけるとか、素粒子分野で新たな物質を発見するといったノーベル賞クラスの研究が可能になるのです。また、すでに発表された多くの論文を人工知能(AI)に学習させ、まだ論じられていない分野を探したり、新たな仮説を作り上げるなどにも応用することができます。ここまでくると、単に「職を奪われる」ということだけでなく、人類の存在意義を考えざると得ないレベルに達していると言えます。
さらに、人間的コミュニケーションを必要とされる「管理職」の業務を人工知能(AI)でやってしまおうという話もあります。人事査定は人間がやるとどうしても感情が入り込み、公正な評価ができない場合がありますが、人工知能(AI)はそのような感情は持たない分、常に客観的に評価をおこなうことができます。人間がロボットの上長に査定されることになりますが、そこには何のスキンシップもなく、飲みニケーションもない、とても手ごわい上長になります。
こうして、どんどんロボットや人工知能(AI)が人間の業務を代替していくと、将来人間が行う仕事が無くなってしまい、人余りになってしまうのではないかという懸念があります。実際、日本経済新聞によると、2025年には完全失業率が最大5.8%まで上昇するというリクルートワークス研究所の調査結果を報じています。その時には失業者だけでなく、企業などが社内に抱える潜在的な余剰人員の数が最大497万人にも達するとしています。2015年時点の潜在的な余剰人員数である401万人から約100万人も増える見通しです。
マクロに見ると、人類のモノ(工業製品)を作る効率は上がり続けています。現在、世界で最も高い建築物とされ、高さ828mを誇るアラブ首長国連邦のブルジュ・ハリファは約7年で建築されました。古代の高層建築といえば高さ146mのピラミッドが挙げられますが、この建築には20年以上、場合によっては数百年かかったと言われています。この数千年の間に人類は船や自動車などの輸送機関や巨大なクレーンなどの重機を生み、人力の効率を劇的に上げ、短時間で少ない人数で建築できるようになっています。このように、実社会で使うモノ(工業製品)を作る仕事は、作業効率の上昇とともに人間が行う仕事は少なくなっていきます。その分、どの仕事に代えれば良いかと言うと、工業製品以外のモノ(食物、芸術品など)を作るか、現在拡大を続けているサイバー空間の「ディジタル情報」に関わる仕事をするかだと思われます。しかし、人間はスキルを身に付けるのに時間がかかります。人間の脳や体はディジタル化されていないので、ロボットのように今日教えられたことを次の日からやることはなかなかできません。人間は経験を脳のメカニズムで試行錯誤しながらゆっくりとロジック化し、脳と体で覚えていくのです。新しい仕事を覚えるためには時間を与えることが必要です。これから「ディジタル情報」に関わる仕事に代えようとする人には、国や企業・業界による充実した職業訓練体制を整えることが必要です。
図3:人工知能(AI)導入で想定される雇用への影響
総務省 平成28年版情報通信白書より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/html/nc143330.html
(9)IT依存:
私たち人間は「情報」がないと生きていけないとか、人間は驚くほど「情報」に対して貪欲であることは、すでに本ブログ その5、その6「情報の特徴」でご説明しました。私たちは常に新たな「情報」を探し求めています。その「情報」を得る方法は、約70年前にクロード・シャノンが情報理論を確立するまでは、「アナログ情報」によってのみ人間に伝わっていました。しかし、情報理論が確立し、「ディジタル情報」が生まれるとその便利さから実世界の「情報」はどんどんディジタル化されるようになりました。その結果、人間はその「ディジタル情報」を使うことが多くなりました。そして「ディジタル情報」はITを使って人間に伝えられるため、人間はITを毎日のように使うようになりました。こうして生まれたのが「IT依存」です。
なぜ、人間は昔から使ってきた「アナログ情報」より「ディジタル情報」を好むのでしょうか。それは「ディジタル情報」の方が簡単にいろいろな「情報」を得ることができるからです。国内の「情報」だけでなく、世界中の国外の「情報」だって簡単に得ることができます。何か調べる場合にも、昔は重たい「辞書」を持ってきて、紙というアナログメディアに記録された「情報」をページをめくりながら一つずつ調べる必要がありましたが、「ディジタル情報」の場合はブラウザーを使ってサイバー空間にある「ディジタル情報」を検索すれば、いろいろな視点からの「情報」が瞬時に得ることができます。しかし、あまりに簡単に「情報」が手に入るので、だんだん「情報」を覚える努力をしなくなっています。「辞書」の場合はいつも持ち歩くわけにはいかないので、重要な「情報」については覚えていました。しかし、スマートフォンがあればいつでも「情報」にアクセスできるので、無理して「情報」を覚える必要が無くなってしまったのです。そして「情報」にアクセスするためにはスマートフォンが手放せなくなっているのです。このようにして「情報」に対して貪欲な人間は昼も夜もスマートフォンを手放さず、いろいろな「ディジタル情報」を追いかけるようになってしまいました。
人間は社会的な動物なので、他人との「コミュニケーション」はとても大切な能力です。その「コミュニケーション」に関してもITは人間に影響を与えています。他人との「コミュニケーション」は、実際にその人に会って行うのが基本です。人間は「言葉」という高度なコミュニケーション手段を持っており、口を使って「言葉」を音声にして伝えます。さらにその時の表情、口調、スキンシップなども使って感情を合わせて伝えたりします。これが、人類が最も長く使ってきたコミュニケーションの方法であり、最も優れた方法と考えられます。この方法の欠点は、時間を合わせてその人と会わなければならないことです。この欠点を埋め合わせるために、いろいろな他の方法が使われてきました。「手紙」は古くから使われてきましたが、主に「文字」を使って「情報」を伝えるため、表情、口調などは伝えることができませんでした。また、遠く離れたところにいる人に伝える場合には、何日もかかってしまいました。その後「電話」が遠隔地のコミュニケーションにはよく使われるようになりました。これは「手紙」と違い、ほとんどリアルタイムで音声を伝えることができるようになりました。しかしこの方法では、口調は伝わりますが、表情やスキンシップまでは伝えることができませんでした。そして今最も多く使われているコミュニケーション手段の一つが、ITを使った「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS:social
networking service)」です。時間的にはリアルタイムで世界のどこでもコミュニケーションすることができます。しかし、その内容は「文字」や「画像」が中心で、感情は気持ちやメッセージをイラストで表した「いいね!」や「スタンプ」などで伝えています。正確な表情や口調、スキンシップなどは伝わりません。しかし、ほとんど指先の操作だけでメッセージのやり取りができるため、簡単で便利です。しかし、ITを使ったコミュニケーションばかり使っていると、だんだん実際にその人に会ってコミュニケーションすることが面倒になり、その能力も低下してくる恐れがあります。これはとても危険なことです。特に親子関係まで影響が出てきて、本来必要なスキンシップまで失われる事態は避けられなければなりません。パンダの親子の暖かいスキンシップを使ったコミュニケーション見ていると、やはりこれが本来の親子のコミュニケーションであることを再認識させてくれます。子供がスキンシップを求めてすり寄ってきた時には、愛情をこめてそれに応えてやらなければいけません。その時、母親がスマートフォンに夢中になって相手にしないようなことはあってはならないのです。このような経験は、子供が大きくなった時に親の行動を真似て、スマートフォン依存になる可能性も高めてしまうかもしれません。ITを使ったコミュニケーションは適当な範囲に抑えて行う必要があります。
人間はいろいろな経験によって、さまざまな「情報」を、五感を通して得て学習しています。その大切なプロセスに対してもITは人間に影響を与えています。ITを通した経験は、主に「視覚」と「聴覚」に頼っており、五感をフル稼働させて身に付けているわけではありません。現在のところ「味覚」、「臭覚」、「触覚」は、ITではほとんど使われていません。とくに「触覚」は柔らかさ、温度、滑らかさ、痛みなどを感じ取り、相手の存在や特徴などを確認することができる重要な感覚ですが、現在の技術ではここのディジタル化はまだ難しく、手探りの状況です。例えば我々は「コップ」という概念を持っています。辞書で調べると、簡単な説明としては「飲料を飲むのに用いる、円筒形の容器」などですが、人間は経験によってもっと多くの情報を持っています。例えば、見たところガラスでできた「コップ」であれば、だいたい重さは100g程度で表面はツルツルしており、あまりに強く握ったり、落としたりすると壊れてしまうことを知っています。落として割れてしまうと、周辺に散乱し、そこを歩くと危険だし、片づけるのも骨が折れることも知っています。だからそれを持つ時には落とさないように気を付けて持ち、使えるのです。このように五感は人間の知識に大きな影響を与えますが、ITを通した経験は五感の一部を欠落させています。したがって、実世界で五感を通して経験することは実世界で生きていく限りこれからも必要なことなのです。面倒くさいからとか簡単だから、便利だからといった理由でITに依存し、ITを通した経験だけで済ませてはいけないのです。例えばITにはヴァーチャル・リアリティー(VR:Virtual
Reality)という「コンピューター・グラフィクス(CG:computer graphics)」や「ヘッドマウントディスプレイ(Head Mount
Display・HMD)」などを用いて、人間の視覚、聴覚を中心とした感覚を刺激し、あたかも現実かのように体感させる技術がありますが、ここで得た体験だけを信じて経験者だと思ってはいけません。ヴァーチャル・リアリティーは戦闘を行うようなゲームにも使われていますが、ここでの体験は痛みのないサイバー空間の中の経験です。相手の痛みもわからず、何のためらいもなく他人に危害を加えるようになってはいけないのです。湾岸戦争では、戦闘機からミサイルを発射しターゲットに命中させる映像が世界に流れました。まるで「コンピューターゲームのようだ」という兵士の言葉を忘れることはできません。
図4:ネット依存傾向(日本のスマートフォン保有別)
総務省 平成26年版情報通信白書より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc143110.html
以上、今回はITの影の部分として「追いつかない法制度」の問題、「兵器への応用」、「ロボットや人工知能職を奪われる」、「IT依存」の4つについて説明しました。
以上、主なITの影の部分について代表的な問題を9つの視点に分けて説明しました。これだけでも気が重くなるほど多いと感じられると思いますが、IT技術は日々進歩、変化を続けており、ITに関連する問題点は増えることはあっても無くなることはありません。かと言ってIT技術を放棄してしまうことは、あり得ません。常にこの問題と向き合い、時には制約(ルール)を用いるなどして人間社会とのバランスをうまく保ちながら利用することが大切です。